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ID番号 00044
事件名 労働契約関係存在確認請求事件
いわゆる事件名 三菱樹脂本採用拒否事件
争点
事案概要  入社試験の際、学生運動に関する経歴を秘匿し虚偽の申告をしたことを理由として本採用を拒否された者が労働契約関係存続の確認を求めた事例。
参照法条 日本国憲法14条,19条,22条,29条
労働基準法3条,2章
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / 雇い入れと均等待遇
労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / 信条と均等待遇(レッドパージなど)
労働契約(民事) / 試用期間 / 法的性質
裁判年月日 1973年12月12日
裁判所名 最高大
裁判形式 判決
事件番号 昭和43年 (オ) 932 
裁判結果 破棄差戻
出典 民集27巻11号1536頁/時報724号18頁/タイムズ302号112頁/裁判所時報632号4頁/裁判集民110号675頁
審級関係 控訴審/00188/東京高/昭43. 6.12/昭和42年(ネ)1590号
評釈論文 阿部照哉・判例時報724号6頁/阿部照哉・民商法雑誌71巻5号927頁/安田叡・労働判例190号12頁/磯田進ほか・ジュリスト553号17頁/奥平康弘・ジュリスト553号44頁/奥平康弘・労働法律旬報851号4頁/花見忠・ジュリスト553号62頁/宮沢俊義・ジュリスト553号42頁/今村成和・ジュリスト553号51頁/佐藤昭夫・ジュリスト553号57頁/佐藤昭夫・判例時報724号15頁/坂本重雄・昭48重判解説184頁/山口浩一郎・色川,石川編・最高裁労働判例批評〔2〕民事編356頁/山口浩一郎・色川,石川編・最高裁労働判例批評〔2〕民事編459頁/山口浩一郎・判例タイムズ306号11頁/山田弘之助・経営法曹会議編・最高裁労働判例2巻358頁/山本吉人・季刊労働法91号4頁/松岡三郎・労働判例190号3頁/松岡三郎・労働法律旬報851号36頁/沼田稲次郎・労働法学研究会報1029号1頁/沼田稲次郎ほか・労働経済旬報916号7頁/深瀬忠一・憲法判例百選26頁/正田彬ほか・季刊労働法91号62頁/川井健・判例時報724号12頁/川添利幸ほか・判例評論181号2頁/田口精一・判例時報724号9頁/渡辺洋三ほか・労働法律旬報851号12頁/藤田若雄・季刊労働法91号51頁/萩沢清彦・労働判例百選<第三版>〔別冊ジュリスト45号〕32頁/富沢達・法曹時報27巻1号209頁/本多淳亮・労働法律旬報851号43頁/林信雄・労働判例190号10頁/和田英夫・判例時報724号3頁
判決理由  〔労基法の基本原則―均等待遇―雇い入れと均等待遇〕
 憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、二二条、二九条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。憲法一四条の規定が私人のこのような行為を直接禁止するものでないことは前記のとおりであり、また、労働基準法三条は労働者の信条によって賃金その他の労働条件につき差別することを禁じているが、これは、雇入れ後における労働条件についての制限であって、雇入れそのものを制約する規定ではない。また、思想、信条を理由とする雇入れの拒否を直ちに民法上の不法行為とすることができないことは明らかであり、その他これを公序良俗違反と解すべき根拠も見出すことはできない。
 右のように、企業者が雇傭の自由を有し、思想、信条を理由として雇入れを拒んでもこれを目して違法とすることができない以上、企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない。もとより、企業者は、一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあるから、企業者のこの種の行為が労働者の思想、信条の自由に対して影響を与える可能性がないとはいえないが、法律に別段の定めがない限り、右は企業者の法的に許された行為と解すべきである。また、企業者において、その雇傭する労働者が当該企業の中でその円滑な運営の妨げとなるような行動、態度に出るおそれのある者でないかどうかに大きな関心を抱き、そのために採否決定に先立ってその者の性向、思想等の調査を行なうことは、企業における雇傭関係が、単なる物理的労働力の提供の関係を超えて、一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請するところが少なくなく、わが国におけるようにいわゆる終身雇傭制が行なわれている社会では一層そうであることにかんがみるときは、企業活動としての合理性を欠くものということはできない。のみならず、本件において問題とされている上告人の調査が、前記のように、被上告人の思想、信条そのものについてではなく、直接には被上告人の過去の行動についてされたものであり、ただその行動が被上告人の思想、信条となんらかの関係があることを否定できないような性質のものであるというにとどまるとすれば、なおさらこのような調査を目して違法とすることはできないのである。
 〔労基法の基本原則―均等待遇―信条と均等待遇(レッドパージなど)〕
 労働基準法三条は、前記のように、労働者の労働条件について信条による差別取扱を禁じているが、特定の信条を有することを解雇の理由として定めることも、右にいう労働条件に関する差別取扱として、右規定に違反するものと解される。
 〔労働契約―試用期間―法的性質〕
 試用契約の性質をどう判断するかについては、就業規則の規定の文言のみならず、当該企業内において試用契約の下に雇傭された者に対する処遇の実情、とくに本採用との関係における取扱についての事実上の慣行のいかんをも重視すべきものであるところ、原判決は、上告人の就業規則である見習試用取扱規則の各規定のほか、上告人において、大学卒業の新規採用者を試用期間終了後に本採用しなかった事例はかつてなく、雇入れについて別段契約書の作成をすることもなく、ただ、本採用にあたり当人の氏名、職名、配属部署を記載した辞令を交付するにとどめていたこと等の過去における慣行的実態に関して適法に確定した事実に基づいて、本件試用契約につき上記のような判断をしたものであって、右の判断は是認しえないものではない。それゆえ、この点に関する上告人の主張は、採用することができないところである。したがって、被上告人に対する本件本採用の拒否は、留保解約権の行使、すなわち雇入れ後における解雇にあたり、これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。
 (三)ところで、本件雇傭契約においては、右のように、上告人において試用期間中に被上告人が管理職要員として不適格であると認めたときは解約できる旨の特約上の解約権が留保されているのであるが、このような解約権の留保は、大学卒業者の新規採用にあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他上告人のいわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行ない、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解されるのであって、今日における雇傭の実情にかんがみるときは、一定の合理的期間の限定の下にこのような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるというべきである。それゆえ、右の留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない。
 しかしながら、前記のように法が企業者の雇傭の自由について雇入れの段階と雇入れ後の段階とで区別を設けている趣旨にかんがみ、また、雇傭契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考え、かつまた、本採用後の雇傭関係におけるよりも弱い地位であるにせよ、いったん特定企業との間に一定の試用期間を付した雇傭関係に入った者は、本採用、すなわち当該企業との雇傭関係の継続についての期待の下に、他企業への就職の機会と可能性を放棄したものであることに思いを致すときは、前記留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である。換言すれば、企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるが、その程度に至らない場合には、これを行使することはできないと解すべきである。
 (中 略)
 本件において被上告人の解雇理由として主要な問題とされている被上告人の団体加入や学生運動参加の事実の秘匿等についても、それが上告人において上記留保解約権に基づき被上告人を解雇しうる客観的に合理的な理由となるかどうかを判断するためには、まず被上告人に秘匿等の事実があったかどうか、秘匿等にかかる団体加入や学生運動参加の内容、態様および程度、とくに違法にわたる行為があったかどうか、ならびに秘匿等の動機、理由等に関する事実関係を明らかにし、これらの事実関係に照らして、被上告人の秘匿等の行為および秘匿等にかかる事実が同人の入社後における行動、態度の予測やその人物評価等に及ぼす影響を検討し、それが企業者の採否決定につき有する意義と重要性を勘案し、これらを総合して上記の合理的理由の有無を判断しなければならないのである。