全 情 報

ID番号 00090
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 関西学院事件
争点
事案概要  任期三年で採用された大学助手が、助手不適格として三年後、任期満了により解雇する旨の通知を受けたので、助手の地位保全、賃金仮払等の仮処分を申請した事例。(申請却下)
参照法条 労働基準法9条,14条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 労働者 / 大学助手・講師・教師
解雇(民事) / 解雇事由 / 職務能力・技量
労働契約(民事) / 労働契約の期間
解雇(民事) / 短期労働契約の更新拒否(雇止め)
裁判年月日 1974年7月19日
裁判所名 神戸地尼崎支
裁判形式 判決
事件番号 昭和46年 (ヨ) 95 
裁判結果 却下
出典 労働民例集25巻4・5合併号332頁
審級関係
評釈論文
判決理由  〔労基法の基本原則―労働者―大学助手・講師〕
 こゝに労働者とは、同法八条に規定する事業または事務所に使用されていわゆる従属労働に従事し、その労働の対価として賃金の支払いを受けているものである。ところで、被申請人は同法八条一二号の研究事業等を営んでいるところ、申請人がその主張どおり理学部助手に任用され、被申請人の営む学術研究事業等に従事し、報酬として申請人主張どおりの給与を支払われていたことは争いがない。
 そこで、右研究業務に従事し提供していた申請人の労働が、果して従属労働であったか否かを検討する。成立に争いのない疎甲第二号証、証人Aの証言を綜合すると、右の理学部助手は、まず主任教授(指導教授)のもとに配属され、その執務位置を同教授の研究室の一隅に与えられたうえ、主任教授の指導のもとに、いわゆる研究業務およびそれに伴う事務に従事するほか、学生を指導するため「演習」を担当し、かつ、上司(主任教授・理学部長・学院長)の指揮監督を受けて、申請人主張の試験業務等にも従事していたことが認定できる。したがって、前示助手の労働は、いわゆる頭脳労働ではあるけれども、つねに右上司の指導あるいは指揮監督下に置かれていた点において、なお従属労働であると解するに充分である。これに反する被申請人大学の見解はもとより採るに足りない。
 したがって、申請人は、被申請人の営む学術研究事業に助手の職名で使用され、いわゆる従属労働に従事し、その対価である賃金を得ていたところの労働者である。これを労基法上の労働者とする申請人の主張は理由がある。
 〔労働契約―労働契約の承継〕
 〔解雇―短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
 右事実および弁論の全趣旨を綜合すると、本件助手の任用において、各当事者は、黙示的に次の約定、すなわち、
 (1)被申請人としては、三年間は、雇用期間が定められている場合と同じように、已むを得ない事由がある場合のほかは、申請人を解雇しない、
 (2)申請人としては、当初の一年間に限り已むを得ない事由がある場合のほか退職はしないが、しかし、それ以降は自由に退職できる権利を留保する、との趣旨を合意したことを推認するに充分である。これを左右するに足る疎明はない。
 そこで、前示「任期三年」の性質であるが、当初の一か年はその解約が許されないので、いわゆる雇用の期間に該当するものと解される。しかし、その後の二か年は、申請人において、任意にこれを解約し終了させ得る権利を保有しているので、これを雇用の期間と解することは論理的に不可能である。すなわち、「雇用の期間」と「その自由なる解約」との両概念は明らかに矛盾する。
 ところで、同法一四条の規定にも拘らず、前示のような「三年間の解雇制限の合意」をもって無効とすべき理由は毫もない。このような解雇制限の特約は、労働者が安んじて自己の職務に専念できるようその身分を保障する点において、真摯な労働者の地位向上に役立つほか、他方、使用者に対しても、優秀な労働力を確保するための手段として相当な便益をもたらすものと解される。
 したがって、前示残された二か年は、もはや雇用の期間ではないけれども、それと同じように解雇権行使を制限された期間であり、前示労働者である助手の利益を擁護すべく「その身分を保障しているところの期間」であると解しても何ら支障はない。
 以上にみたとおり、本件助手の任用に際し定められた「任期三年」の法的性質は、最初の一年は「雇用の期間」であるけれども、それに続く二年間は、申請人のため解雇権行使を制限したいわゆる「身分保障期間」であると解するのが相当である。
 〔解雇―解雇事由―職務能力・技量〕
 申請人が、任期三年のその期間中に、相応な研究成果を挙げるであろう旨被申請人から期待されて任用されまた申請人もこのように期待されていることを知りながら助手に採用されたものであることは弁論の全趣旨に照し疑いがない。ところが、申請人は、被申請人のこの期待にも拘らず、右三年の間何らの研究業績も挙げることなく終始して、同期待を完全に裏切っていること、証人Bの証言により容易に認定できる。
 ところで、申請人の研究経歴(昭和三八年国立C大学理学部卒業、昭和四一年同大学大学院修士課程を終え博士課程に進学、昭和四三年四月右大学院を中途退学して本件助手に就任)と同程度の研究歴を有する者のうちいわゆる通常の能力を有する研究者は、申請人の場合と異り、昭和四六年初頃既に数回に亘つて研究論文を公にしていたこと証人Bの証言により容易に認定できる。
 そこで、申請人と前示通常の研究者とを比較するとき、何らの研究業績をも発表していない申請人が、研究者としては無能であること、すなわち期待される研究能力を欠くものであるとの非難を呼ぶのは当然である。したがって、申請人はもはやその経歴に相応する研究能力を欠如するものと認めるのほかはない。
 以上認定のとおり、いわゆる研究者に属する本件助手は相応な研究能力を具備する必要があるところ、申請人は、前示相応な研究能力を有しない。したがって、その余の判断をするまでもなく、申請人はもはや助手としての適格性を有しないものと認めるのが相当である。これに関する被申請人の主張は理由がある。
 (中 略)
 以上のとおり、申請人は、もはや助手としての適格性を有しないから、その使用者である被申請人が、前示身分保障期間の満了時をもってこれを解雇すべく、法定の予告期間を遵守して行った本件解雇の意思表示は、合理的であり、かつ有効である。これを権利濫用とし、無効と断ずる申請人の主張はとうてい採用の限りでない。