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ID番号 00154
事件名 賃金請求控訴事件
いわゆる事件名 八州(旧八洲測量)事件
争点
事案概要  在学中に会社の新入社員募集に応じ採用試験に合格し入社した大卒従業員らが、支給された初任給が右会社の求人票記載の学歴別賃金の見込額と相違しており、会社には右見込額どおりの賃金支払義務があるとして、見込額のうち未払分の支払を請求した事件の控訴審。(控訴棄却、労働者敗訴)
参照法条 労働基準法15条
民法1条2項
体系項目 労働契約(民事) / 労働条件明示
裁判年月日 1983年12月19日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和54年 (ネ) 2562 
裁判結果 棄却(確定)
出典 労働民例集34巻5・6合併号924頁/時報1102号24頁/タイムズ521号241頁/労経速報1173号6頁/労働判例421号33頁
審級関係 一審/00151/東京地/昭54.10.29/昭和50年(ワ)10895号
評釈論文 岩村正彦・労働判例431号12頁/古川陽二・季刊労働法131号163頁/小西国友・季刊実務民事法6号244頁
判決理由  〔労働契約―労働条件明示〕
 前記認定事実から明らかなように、本件求人票に記載された基本給額は「見込額」であり、文言上も、また次に判示するところからみても、最低額の支給を保障したわけではなく、将来入社時までに確定されることが予定された目標としての額であると解すべきであるから、控訴人らの右主張は理由がない。すなわち、新規学卒者の求人、採用が入社(入職)の数か月も前からいち早く行われ、また例年四月ころには賃金改訂が一斉に行われるわが国の労働事情のもとでは、求人票に入社時の賃金を確定的なものとして記載することを要求するのは無理が多く、かえって実情に即しないものがあると考えられ、《証拠略》によれば、労働行政上の取扱いも、右のような記載を要求していないことが認められる。更に、求人は労働契約申込みの誘引であり、求人票はそのための文書であるから、労働法上の規制(職業安定法一八条)はあっても、本来そのまま最終の契約条項になることを予定するものでない。本件においても、以上のような背景から、見込額としての賃金が、前記のような不統一の様式、内容で記載されたものといえる。そうすると、本件採用内定時に賃金額が求人票記載のとおり当然確定したと解することはできないといわざるをえない(信義則との関係については、後に判示する。)。そして、かように解しても、労働基準法一五条の労働条件明示義務に反するものとは思われない。けだし、採用内定を労働契約の成立と解するのは、採用取消から内定者の法的地位を保護することに主眼があるのであるから、その労働契約には特殊性があって、契約成立時に賃金を含む労働条件がすべて確定していることを要しないと解されるからである。このことは、通常新規学卒者の採用内定から入職時まで、逐次契約内容が明確になり、遅くとも入職時に確定する(本件もそうである。)という実情にも合致する。なお民法上も、雇傭契約において、その効力発生までに賃金が確定すれば足りることは当然である。
 思うに、求人票記載の見込額の趣旨が前記のようなものだとすれば、その確定額は求人者が入職時までに決定、提示しうることになるが、新規学卒者が少くとも求人票記載の賃金見込額の支給が受けられるものと信じて求人に応募することはいうまでもなく、賃金以外に自己の適性や求人者の将来性なども志望の動機であるにせよ、賃金は最も重大な労働条件であり、求人者から低額の確定額を提示されても、新入社員としてはこれを受け入れざるをえないのであるから、求人者はみだりに求人票記載の見込額を著しく下回る額で賃金を確定すべきでないことは、信義則からみて明らかであるといわなければならない。けだし、そう解しなければ、いわゆる先決優先主義を採用している大学等に籍を置く求職者はもちろんのこと、一般に求職者は、求人者の求人募集のかけ引き行為によりいわれなく賃金につき期待を裏切られ、今更他への就職の機会も奪われ、労働基準法一五条二項による即時解除権は、名ばかりの権利となって、求職者の実質的保護に役立たないからである。しかし、さればといって、確定額が見込額を下廻ったからといって、直ちに信義則違反を理由に見込額による基本給の確定という効果をもたらすものでないことも、当然である。
 本件につきこれをみると、求人票記載の見込額及び入社時の確定額が被控訴人によって決定された経過は、それぞれ前記認定のとおりであって、その当時の特殊事情、すなわちいわゆる石油ショック(その大略は、公知の事実である。)による経済上の変動が被控訴人の業績にどのように影響するかの予測、また現実にどう影響したかの現状分析に基づく判断から決定されたものであると認められ(《証拠略》によれば、同業他社も類似の状況にあったことがうかがわれる。)、右判断に明白な誤りがあったとか、誇大賃金表示によるかけ引きないし増利のための賃金圧迫を企図したなど社会的非難に値する事実は、本件全証拠によっても認めることはできないのであり、更に昭和四九年一二月ないし翌五〇年一月に内定者に一応事態の説明をして注意を促していること、確定額は、見込額より三、〇〇〇円ないし六、〇〇〇円程度下廻って少差とはいえないにせよ、前年度の初任基本給よりはいずれも七、〇〇〇円程度上廻っていること(《証拠略》によれば、前年度は、当初大学卒六万七、〇〇〇円、測専一類卒六万一、〇〇〇円、同二類卒五万八、〇〇〇円、高校卒五万五、〇〇〇円で、七月からそれぞれ七万円、六万三、五〇〇円、六万〇、三〇〇円、五万七、〇〇〇円に上がったことが認められる。)を考え合わせると、昭和五〇年四月一日、被控訴人から控訴人らに提示され、双方署名押印して作成された労働契約書によって確定した基本給額(その後月給制として改訂)が、労働契約に影響を及ぼすほど信義則に反するものとは認めることができない。