全 情 報

ID番号 00168
事件名 従業員地位保全、金員支払仮処分申請事件
いわゆる事件名 桑畑電機事件
争点
事案概要  被申請会社の採用試験を受け、採用決定通知を受け取った高卒者が、証人連署の入社承諾書を返送したが、その後に採用取消を通知されたので、従業員としての地位保全等の仮処分を申請した事例。(申請却下)
参照法条 労働基準法2章
民法95条
体系項目 労働契約(民事) / 採用内定 / 法的性質
労働契約(民事) / 採用内定 / 取消し
裁判年月日 1976年7月10日
裁判所名 大阪地
裁判形式 決定
事件番号 昭和49年 (ヨ) 97 
裁判結果 却下
出典 労働民例集27巻3・4合併号313頁
審級関係
評釈論文 毛塚勝利・労働判例265号19頁
判決理由  〔労働契約―採用内定―法的性質〕
 前示当事者間に争いのない事実を契約法理に照して評価すれば、被申請人がA工業高校卒業予定者を対象に行った求人票による募集は雇傭契約申込の誘引であり、申請人の応募は右契約の申込みに、被申請人の採用決定通知は、右申込みに対する承諾にそれぞれ該当し、右採用決定通知の発送により申請人と被申請人との間にはのちに検討するような内容の雇傭契約が成立したものといわなければならない。
 もっとも、疎明資料によれば、被申請人会社では、後日決定される出社日(就労の始期)に、申請人に対し辞令を交付し就業規則について説明するなどの手続が予定されていたことが窺われるが、右辞令書の交付の如きは本件採用決定通知の文言、前示通知当時の被申請人の意思に徴するときは、雇傭契約ないし労働契約についての形式的追完ないし確認的行為とみるべきものであり、就業規則の説明等の手続は前示雇傭契約成立の時点で契約内容たる労働条件の一部をなすものとして包括的に承認されている事項に関して行われる事実行為であって、契約の成否自体にかゝわるものではないと解するのが相当である。
 したがって、本件当事者双方は、昭和四八年二月一二日被申請人が採用決定通知を発したときに成立した雇傭契約の法的拘束を受けるといわなければならない。
 〔労働契約―採用内定―法的性質、取消し〕
 一般に本件のような学校卒業予定者との間の雇傭契約にあっては、たとえ殊更に明示されていなくても、まず第一に予定される就労開始時期までに卒業できることが当然の前提条件となっており、第二に就労開始時期が相当期間を隔てた将来に予定されることに附随して、右就労時期までの間に自己又は相手方に特段の事情変更を生じたときは解約しうることが予定されているものと解すべきである。
 さらに、雇傭契約ないし労働契約は当事者間の意思の合致のみにより有効に成立しうるものではあるが、それは、単純一向的な取引契約などと異なり、契約両当事者間の現実的継続的な相関関係を本質とするものであること、したがって、いまだ学校卒業予定者との間に契約が成立したに過ぎず、現実に労務と賃金の授受をめぐる人的結びつきを生じない段階にあっては、雇入れた側は卒業予定者を自己の従業員として取り扱わず、採用された側でも未だ企業の従業員という意識を持たないのが常態であり、雇入れに関する若干の規定を除けば就業規則の適用される余地も少ないことなどを考え合わせると、卒業に先立つ雇傭契約にあっては、別異に解すべき特段の事情のない限り、就労時期到来まで契約の確定的効力発生を停止する旨の黙示的合意が含まれているものと解するのが相当である。
 したがって、就労始期(契約の最終的効力発生時期)到来までの契約当事者の法律的地位は、被傭者の学校卒業という条件成就を経て段階的により強固になってゆくものと考えられるが、なお一種の条件付権利(学校を卒業しかつ解約事由が発生することなく就労期が到来した暁には、被傭者としては従業員として処遇されることを、雇傭者としては被傭者に従業員として就労してもらえることをそれぞれ期待しうる法的地位)にとどまるものといわなければならない。
 このように考えてくると、学校卒業予定者に対する雇傭者側の承諾の意思表示が、「採用決定」という確定的文言をもってなされ、また後日に特段の入社手続が予定されていないとしても、直ちに、当事者間に成立した契約が確定的効力をもった雇傭契約だということはできないのである。したがって、契約の効力という点からいえば「採用決定」というも「採用内定」というのと異ならない。
 本件申請人と被申請人との間に成立した雇傭契約は、これを別異に解すべき事情は見当らないから、以上に考察してきたような条件及び期限付の契約と解すべきところ、このような契約関係において雇傭者は採用(内定)を取消すことができるか、できるとすればどのような事由に基づいてできるのか、が本件の主要な問題点である。
 思うに、確定的効力発生までの各当事者の相手方に対する権利はいまだ一種の条件付権利ないし期待権だといっても、それは契約成立に伴って発生する法的な権利であるから、雇傭者が正当な理由もなく相手方の利益を害することは許されないし(民法一二八条参照)、一般的に言えば、雇傭者が自己の期待権を防護するため被傭者から入社承諾書(あるいは誓約書)を徴するなどして他へ就職する機会を強く規制したような場合は、その反面として、被傭者の地位は具体的に使用従属関係にある労働者の地位に準じてそれだけ強く保護されるべきであろう。
 しかしながら、そもそも学校卒業予定者たる被傭者の地位は、前述のとおりいまだ雇傭者との間に人的結びつきの薄い一種の条件付権利にとどまるものであるから解雇に関する労働基準法二〇条その他の労働保護法上の諸規制の働く余地はそれだけ少い(換言すれば、当事者間の関係は契約法理によって律しられる場面が多い)ことを肯定せざるを得ない。しかして、条件付契約の締結も法律行為である以上、各当事者は法律行為に関する一般法理に従って取消又は無効の主張ができるのはもとより、黙示的に契約の内容となっている事情変更を理由とする解約を主張できるほか、雇傭者たる当事者は、契約締結当時すなわち採用決定(内定)当時判明していたら採用しなかったであろうと認められる事由(従業員たる適格性の評価にかかわる事由)が、事後に判明したことを理由とする解除も許されるものと言わなければならない。尤も最後の場合については、当該事由の存否の判断において雇傭者に重大な過失があって知りうべくして知らなかったときは、もはや解除を主張することは許されないと解すべきである(民法九五条の準用)。
 〔労働契約―採用内定―取消し〕
 企業が従業員を雇入れる際の採否の判断は、当該企業の従業員として有用か否かという見地からなされる応募者についての綜合的評価の結論であるから、成績の悪い点とか窃盗の前歴がある点とかは、それ自体個別的にみれば本件採用取消を肯認しえない事由であっても、他の事由と相まって取消事由を構成しうる余地のあることは否定できない。
 (中 略)
 このように評価が主観的に分かれる事実が採用決定後に発覚した場合、企業が問題を否定的に評価し採用を取消すこともやむを得ないところといわなければならない。けだし、企業は、わが法制下においては広く人を雇入れるか否かの自由を有するのであり、採用するに当っては自己の危険と負担において採否の判断をするのであるから、応募者の資質適性に関する評価の自由は、それが特に公序良俗に反する等の事由がない限り、これを企業者に全面的に認めなければならないからである。
 (中 略)
 学校が、本件事案にみられるように、学校としては必ずしも自信をもってすいせんできない生徒を含めて広く企業へ生徒を紹介するに際し、企業独自の調査を排して前記統一用紙によって調書を作成する以上、少なくとも本人の資質、能力、適性に関する限りは長所のみならず短所等を共に具体的事実に基づいて調書に記載し、企業の判断に委ねるのが相当であると思われるが、前記近畿高等学校進路指導連絡協議会所定用紙にはそのような記載を目的とする欄は全く設けられておらず、その「行動および性格」欄には不動文字で自主性、責任感、根気強さ、自省心その他全部で一六の徳目があげられ、このうちすぐれている項目についてだけチェックするという形式になっているにすぎない。このような記載からは、独自の面接その他の方法による規制外の選考の機会があるとは言え、企業側は応募した生徒の資質、能力、適性等を綜合的に評価することはむづかしいと思われる。それにもかゝわらず、このような取り扱いが現実にまがりなりにも承認されて一般に行われるのは、紹介の対象者がいわば手つかずの新規学校卒業者であり、紹介をするのが、通常当該企業との間に一定の信頼関係を保ちかつ当該生徒を熟知しているはずの学校であるが故にほかならないからであろう。したがって、このような信頼関係に基づいて叙上のような独自の調査が相当大巾に規制された下での卒業予定者との雇傭契約については、通常新規卒業生について社会一般が予想するところにはずれる点があることが後日判明し、かつそのような事由があれば不採用になってもしかたがないといえる社会的相当性さえあれば、前記規制の反面としてそれだけゆるやかに、さきになされた採用決定の取消を承認しなければならないであろう。
 本件において、被申請人も前述のような独自の事前調査を規制されていたのであり、申請人について認められる学業成績以外の事由は、高校卒業生について決して一般的なものとはいえず、さきに考察したところに徴すると本件採用取消に社会的相当性が欠けるということはできないのである。
 (中 略)
 本件採用の取消は手続的な面からみても問題がない。採用取消事由が判明したにもかかわらず企業がいたずらに長らく放置し、採用予定者が学校を卒業したのちまたは卒業間際になって取消を通告するときは、卒業予定者は他へ就職する機会を奪われ一方的に過酷な結果を招来することがある。このような採用取消は、信義則上もはや許されないと解するのが相当であるが、本件についてこれをみるに、被申請人は昭和四八年二月一九日ごろまでに行った事実調査に基づき同日B庶務課長が申請人方へ出向いて在宅した母親(当時申請人の親権者)に採用を取消す旨を伝え、三月一日確認的に書面で通知したことが疎明され、採用取消の手続上信義則違反等の問題はないといえる。