全 情 報

ID番号 00187
事件名 地位保全仮処分申請控訴事件
いわゆる事件名 ソニー事件
争点
事案概要  精神科医師の診断結果を理由に本採用を拒否された試用期間中の従業員が、右本採用拒否は解雇権の濫用に当り無効であるとして地位保全等求めた仮処分申請事件の控訴審。(控訴棄却、労働者勝訴)
参照法条 労働基準法21条,2章
体系項目 労働契約(民事) / 試用期間 / 法的性質
労働契約(民事) / 試用期間 / 本採用拒否・解雇
裁判年月日 1968年3月27日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和39年 (ネ) 1400 
裁判結果
出典 高裁民集21巻3号225頁/東高民時報19巻3号63頁/タイムズ225号106頁
審級関係 一審/05384/横浜地小田原支/昭39. 5.27/昭和37年(ヨ)59号
評釈論文 山口浩一郎・月刊労働問題128号104頁/山口浩一郎・労働判例百選<第三版>〔別冊ジュリスト45号〕28頁/林廸広・法政研究35巻3号105頁
判決理由  〔労働契約―試用期間―法的性質〕
 もともといわゆる試用契約は、労働契約関係において、試採用者として採用された者が正規の従業員としての能力ないし適格性を有するや否やを一定の期間(試用期間)内に試験する制度として認められて来たものであるから、その主眼とするところは右のような試験であって、労務の給付はその試験のための手段にすぎないと見られる。
 (中 略)
 従って試用期間中は当初の雇傭における契約自由に発する使用者側に存する採否の自由の一部が留保されているのであって、解雇ないし本採用拒否の形式でなされる決定は原則として使用者に一方的に留保されるのがその本来の姿と考えられる。この点においてかかる試用契約をともなわず、もっぱら労務の給付を主眼とする本採用の労働契約とはおのずからその性格を異にするものがあるといえよう。しかるに今日世間の実際の慣行を見るに試用の期間は必ずしも短期間に止まらず、試験の手段たる労務は通常のそれと異ならず、その他諸般の実情において試用契約は右のごとき本来の姿を示していないものが少なくなく、他方後に見るように実定法上労働基準法第二一条但書第四号は試用契約について一般の場合と同様解雇の予告を命じているのであって、このような見地からすれば、試用契約をたんにそれがいわゆる試用契約であるということだけからその性格を一概に決定することは困難であり、むしろ試用についての労使の合意や慣行あるいは就業規則の定め方その他諸般の実情を参酌して具体的個別的に判断しなければならないのが実体である
 (中 略)
 本件試用労働関係は控訴会社が被控訴人ら新規採用者を将来本採用者に移行せしめる前提として必ず締結するものであって、その趣旨とするところは控訴会社が当初の三か月の試用期間に被控訴人ら新規採用者が正規の従業員としての能力と適格性を有するやを試験のうえ判定し、その結果によって本採用拒否の形式で契約を解消しない限り、当然自動的に本採用に移行するものであり、その前後にわたって労務の供給及び賃金の支払の関係においては基本的には変動がないものであって、この一連の関係を統一的に見れば、ひっきょう試用期間中に本採用拒否の処分のなされたことをいわば一の解除条件とする期間の定めのない労働契約がその採用(試用)の当初から当事者間に成立したものというべきである。
 〔労働契約―試用期間―法的性質―本採用拒否・解雇〕
 会社の右期間中における本採用拒否の処分は当初の採否の自由の留保されたものとしては基本的にはその自由であるべきであるが、事態の現実としてはその恣意的な決定は許されず、その決定の理由の対象は必ずや当初に残された審査の一項目としての従業員たる能力ないし適格性の有無に向けられ、これを消極に判断すべき客観的合理的理由がある場合に限るべきことは条理上当然であって、かかる要件をみたさないものは結局においていわゆる解雇の安定の理念に反し、一の権利濫用としてその効力を否定されるべきものである。これを他の面からすれば右本採用拒否処分によって労働関係を終了せしめる点では解雇の場合と全く同様であって、すでに本件の場合のように使用が一四日を超えたときは労働基準法第二一条但書第四号が解雇について規定するところに象徴されるように、本採用による期間の定めのない労働契約における解雇の場合と同様に取り扱われるべきものと解さざるを得ない。
 (中 略)
 このように見てくると被控訴人に対する前記本採用拒否を導いた不適格の判断の理由はいずれも十分な根拠がないのみでなく、とくに被控訴人の精神的疾患を理由とするものについては前認定のとおり控訴会社側は被控訴人に対するSCTテストの判定結果たる分裂気質を精神病の一つと思い誤り、まだ思春期の少女である被控訴人を突然呼出し、理由も告げずに神経科専門医A医師の診察を受けさせ、前記のような診断が出るや、本来ならば人間の死活にかかわる精神面のことがらゆえ、使用者としてはその病状の軽重にかかわりなく、本人はもとより親権者らにもよく説明のうえ、多少の日時をかけても十分納得のゆく検査をし、正確な診断を確定したうえ治療方策を立てるだけの配慮をなすべきが当然であり、本採用の諾否はもとより、その前提をなす不適格の最終判断のごときはその後の問題として考えられてしかるべきである。
 ところが控訴会社は前認定のように前記A医師の診断により被控訴人が精神病であるらしいとの確信を深めながら右のような配慮をしないばかりか、一週間後再び被控訴人を呼出し、ことさらに精神面のことにはふれないで、婉曲に被控訴人の退職を勧告するとともに本採用拒否の意思表示をし、なお二日後の二八日付の手紙をもって被控訴人の親権者に対し精神的欠陥から被控訴人の本採用を拒否する旨を告げている。これを要するに本件本採用の拒否の処分はその前提をなす従業員としての不適格の判断の理由においてきわめて薄弱であり、客観的合理的理由を構成せず、その要件をみたすものといい得ないとともに、かかる事件の性質上具有すべき要件のないままいちずに本採用拒否を強行するのは結局において一の権利の濫用として無効であるといわざるをえない。