全 情 報

ID番号 00622
事件名 従業員地位確認請求事件
いわゆる事件名 アジア無線事件
争点
事案概要  身体が著しく小柄であり、一つの業務にしか堪えられず、他に配置転換すべき職種も存在しない、等の理由で、不況下での整理解雇の対象とされた労働者が、従業員たる地位の確認を求めた事例。(請求棄却)
参照法条 労働基準法2章
民法1条3項
体系項目 解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の必要性
解雇(民事) / 解雇の承認・失効
裁判年月日 1978年12月6日
裁判所名 長野地伊那支
裁判形式 判決
事件番号 昭和50年 (ワ) 47 
裁判結果 棄却
出典 労経速報1005号14頁/労働判例311号49頁
審級関係
評釈論文
判決理由  〔解雇―整理解雇―整理解雇の必要性〕
 前記認定のとおり、原告は特定の障害があるわけではないものの、その身体が通常人に比した場合、全般的に著しく小柄であるという特徴を有するのであり、そのため勤労能力にも限界を認めざるをえないのであって、身体障害者にも準ずべき社会的弱者であることは否定できない。前記のようにその間に種々の経緯はあったとはいえ、一一年余の間勤続したこのような社会的弱者に対し、不況時企業側の必要とする合理化の一環としてその担当していた仕事を廃止し、他への配置転換が困難という理由で企業が軽々に解雇権を行使することが許されるかどうかという点が改めて問われなければならない。
 この点について、右のような社会的弱者が雇用の機会に恵まれないであろうことは容易に推測できるのであって、従って右弱者に対しては社会的にできるだけの手厚い保護が求められ、同趣旨はこれを現に雇用している企業にも要請されてしかるべきものである。しかし一方企業に対しては何にもましてその存在と活動を継続すべきことが、企業自身のためのみならず、当該企業で勤労する労働者及びその家族全般並びに地域社会全体のために要請されるといわなければならない。
 本件の場合、前記認定のとおり、本件解雇の行われた昭和五〇年一月現在、同月までの受注量及び売上高の極端な減少状況並びに右時点における将来への悲観的見通しに照らせば、被告をとりまく状況は危機的といっても差支えなく、もっともこのような被告の状況に対しては金融面及び社会政策面(雇用調整給付金の交付)での保護がなされたことまた前記認定のとおりであるが、だからといって右状況下において被告自身その存続のためのきびしい合理化努力を怠ってよいといえないことは当然であり、右趣旨における企業努力の中で就業規則上許容される場合に、企業に対する貢献度が現に少なく或いはその期待の乏しい従業員を解雇した中に、原告のような社会的弱者が含まれていたからといって、これを総合勘案すべき諸般の事情の一つとするのは格別、右一事のみをもって直ちに一私企業に過ぎない被告において解雇権の濫用等社会的相当性を欠く措置を敢えてとるに至ったと非難するには躊躇を感ぜざるをえないのである。
 (中 略)
 また前記のように本件解雇より約三か月後の昭和五〇年四月には被告の業績は回復しだし、同年五月には早くも人員不足の状況さえ発生しているのであるが、《証拠略》によれば、被告は昭和五二年一二月ごろにも大きな不況の波に襲われて休業率七八・九パーセントの一時帰休の止むなき事態に陥っていることが認められるのであって、要するに被告も景気の波に翻奔される一地方中小私企業に過ぎず、このような被告が一時期の不況の際にとった措置を事後の景気回復時の状況から見て強く不当視することは酷といわなければならない。
 〔解雇―解雇の承認・失効〕
 さらに本件の判断において無視できないのは原告が本件解雇後間もなく被告より解雇予告手当及び退職金等を受領したと認められることである。
 (中 略)
 もっとも原告が右金員授受の前後に被告に対し本件解雇の撤回を要求していた事情及び右各領収書に前記但書を付記した事実に照らせば、右一事をもって原告が本件解雇の効力の承認を前提とする右各請求権の存在を認めたものであり、従って原告は本件解雇の効力を争う資格を失ったとか、信義則上もはや解雇無効を理由に雇用関係の存在の主張をしたり、雇用契約上の権利を行使することは許されないとか解するのは相当でない。しかし(人証略)によれば、原告の行った右各領収書への付記は、単一労を結成する過程で各関係職場でかなりの被解雇者が出たが、その際不用意に退職金を受領したために解雇の効力を争うことを断念せざるをえなかった例が多くあったので、退職金は本来受領を拒否すべきであるが、止むをえず受領するときは解雇の効力を争う余地を留保するため賃金の一部として受取る旨を付記せよとの単一労の指示に従ったものと認められるところ、原告は前記のとおり単一労結成の準備段階からこれに参加し、以後かなりの期間組合活動を行っており、又解雇通告も本件解雇までに二回経験済であったのであるから、右のような領収書への付記は解雇の効力を争うためには第二次的なものに過ぎず、本来は退職金等解雇の効力の承認を前提としてはじめて受けうる給付は受領すべきでないことを十分に知っていたものと推測されるのであり、また右受領金額は原告の本件解雇前三か月の平均賃金五万二、四二〇円の約三か月分に相当するところ、仮に賃金の一部とすれば、右受領日にはその請求権は全く発生していないか、発生している部分についてもまだその履行期はかなり先であり(被告における賃金支払期日が毎月二九日―二月は二八日と推測される―であることは当事者間に争がなく、かつ昭和五〇年一月分については別途に受領済であったことは弁論の全趣旨上明らかである。)、一方右受領日が本件解雇の日から約二〇日後であった事実に照らせば、原告において本件解雇に対する処し方について熟慮期間に不足したとは認められないし、かといって原告の生活が窮迫状態に陥っていたとも又認められないのであって、従ってその受領が止むをえなかったとはいえず、そうすると原告は特段の理由及び必要性がないのに、右退職金等を受領することにより、本件解雇に伴う利益を先ず享受してしまったものといわざるをえないのであって、軽率のそしりは免れないところであり、原告が本件解雇の効力を争おうとする場合、信義則上原告にとってマイナス評価を避けることはできないのである。
 以上の各事情に前記認定の諸般の事情をも加えて彼此比較検討すると、各種の難問はあるものの、なお本件解雇をもって解雇権の濫用であるとか、被告においてその有効性を主張することが社会的相当性を欠くとまではいうことはできない。