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ID番号 01020
事件名 賃金請求控訴事件
いわゆる事件名 三菱重工長崎造船所事件
争点
事案概要  ストライキにともなう賃金カットにつき、家族手当は従業員たる地位の保持に対し保障的に支払われるもので、賃金カットの対象となりえないとした事例。
参照法条 労働基準法24条1項,37条2項
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 争議行為・組合活動と賃金請求権
裁判年月日 1976年9月13日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 昭和50年 (ネ) 621 
裁判結果 棄却
出典 労働判例259号12頁
審級関係 一審/長崎地/昭50. 9.18/不明
評釈論文
判決理由  およそ、使用者が労働者に対してストライキによって削減しうる賃金は、労働協約等に別段の定めがあるとか、その旨の労働慣行がある場合のほかは、拘束された勤務時間に応じて、実際の労働力の提供に対応して交換的に支払われる賃金の性格を有するものに限ると解すべきところ、労働者の賃金のうち「家族手当」、「通勤手当」のごときものは、労働の対価的性質を有するものではなく従業員という地位に対して生活保障的に支払われるものであり、所定の資格条件があれば日々の労働力の提供とはかかわりなく、毎月定額が支給されるものであるから、従業員がストライキによって労務に服さなかったからといって、直ちにこれらの賃金からその期間に応ずる金額を当然に削減しうるものではないと解するのが相当である。このことは、労働基準法第三七条第二項が時間外、休日および深夜の割増賃金を算出するにあたり、その基礎となる賃金から「家族手当」、「通勤手当」等従業員の地位に付随する賃金を除外している趣旨よりしても容易に首肯し得るところである。
 以上認定の事実によれば、本件家族手当カットの根拠となっている右細部取扱は、いずれの点よりみても、これを就業規則の一部であるとは解し得ず、会社側が一方的に定めた内部的な取扱基準にすぎないものと認めるのが相当である。
 そしてまた、選定者らや選定者らが当時所属していた労働組合が右細部取扱に合意を与えたことを認めしめる証拠はなにもなく、しかも前掲証拠によれば、選定者らが当時所属していた労働組合はとくに労使間で協議して合意に達した事項以外は一切これを認めない意思を有していたことが窺われる。そうだとすると、右細部取扱第二五項の家族手当カットの規定が、ストライキによる賃金カットに際して選定者らを拘束するいわれはないから、控訴人の右主張は採るを得ない。
 (中 略)
 次に控訴人は、(細部取扱中のストライキによる家族手当カットの規定が選定者らを拘束しないものとしても、)民法第六二四条により、ストライキ期間中はその期間に応じて家族手当を削減し得る旨主張するが、同法条は雇用契約における報酬後払の原則を定めたものに過ぎず、「ノーワーク・ノーペイ」の原則が適用されるのは、前記のごとく賃金のうち労働の対価として交換的に支払われる賃金の性格を有する部分についてであって、従業員たる地位の保持に対し保障的に支払われる部分すなわち家族手当等については適用がないのであるから、たとえ労務の不提供がストライキを理由とするものであっても、労働協約等に別段の定めない本件家族手当については、これを削減し得ないものといわねばならない。しかして、控訴人の右主張も採用できない。
 (中 略)
 控訴会社Xでは昭和二三年ごろからストライキ期間中その期間に応じて家族手当が削減されてきたことはすでに説示したとおりであるが、前記のごとく控訴会社が行ってきた家族手当の削減が選定者らの合意のもとになされてきた事実を認め得る証拠はなにもない。
 (中 略)
 から、このように継続して会社側が一方的に選定者らに不利益な労働条件を押しつけてきた事実があるとしても、これを目して、控訴人主張のごとく、家族手当の削減が労働慣行として成立し、それがすでに選定者らとの間の労働契約の内容となっているものとは認め得ない。のみならず、家族手当は、前示のとおりもともと労働の対価としての性質を有するものではなく、本件の場合に家族手当を削減することは、時間外、休日および深夜の割増賃金算出の基礎となる賃金には家族手当は算入しないことを明示する前掲労働基準法第三七条第二項や本件賃金規則第二五条の規定の趣旨に照しても著しく不合理であるから、このような不合理な労働条件は、たとえ会社側が一方的に家族手当の削減を継続してきた事実があっても、これによって、適法かつ有効な事実上の慣行として是認し得る理由はなく、到底有効な労働契約の内容となり得るものとは解し得ない。