全 情 報

ID番号 01112
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 森工機事件
争点
事案概要  常務取締役として退職した者が、会社退職規定は従業員にのみ適用があり、常務取締役は従業員としての地位を併有しないとされて退職金の支給を受けなかったのに対し、従業員としての地位も併有していたとして右退職金規定に基づく退職金の支払を求めた事例。(一部認容)
参照法条 労働基準法23条,24条,89条1項3号の2
商法269条
民法505条
体系項目 賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 全額払・相殺
賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
賃金(民事) / 退職金 / 退職金の支給時期
裁判年月日 1984年9月19日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 昭和57年 (ワ) 8315 
裁判結果 一部認容
出典 労働判例441号33頁/労経速報1214号19頁
審級関係
評釈論文 中嶋士元也・ジュリスト868号93頁
判決理由  〔賃金―賃金の支払い原則―全額払〕
 ところで、労働基準法二四条一項は、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」と規定するところ、この規定は、労務の提供をした労働者本人の手に労働の対価である賃金を残りなく確実に帰属させんとする趣旨の規定であるから、労働者の賃金債権に対しては、使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することは許されないとの趣旨を包含するものと解するのが相当である。
 しかるところ、退職金については、これを使用者が就業規則等中に規定を設けて、予めその支給条件を明確にし、その支払が使用者の義務とされている場合には、退職金は労基法所定の賃金に当ると解するのが相当であるところ、(証拠略)により認められる本件退職金規定の規定内容及び弁論の全趣旨を総合すると、本件退職金は労基法所定の賃金に該当するものというべきである。
 そうすると、被告において、原告に対する損害賠償債権をもって、原告の退職金債権と相殺することは許されないものといわねばならない。
 〔賃金―退職金―退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 ところで、退職取締役が従業員の地位を兼任していて、取締役の辞任と同時に退職により従業員としての地位をも失う場合には、従業員に対する退職金支給規定があって、その支給規定に基づいて支給されるべき従業員としての退職金部分が明白であれば、少なくとも右部分に対しては、商法二六九条の適用はないと解するのが相当であるところ、被告会社には従業員に対する退職金支給規定があり、そして、後記三のとおり、その支給規定に基づいて支給されるべき従業員としての退職金部分が明らかであるから、右部分に対しては商法二六九条の適用はないものというべく、したがって、原告の右退職従業員としての資格に基づく退職金の支給については、本件退職金規定の適用があるものというべきである。
 〔賃金―退職金―退職金の支給時期〕
 ところで、退職金の支払時期について、本件退職金規定は、「退職後すみやかにその全額を支払う」と規定している(この点は、当事者間に争いなし)が、「すみやかに」の意義については法律用語としての用語例としては、訓示的意味を有するものとして用いられ、義務違反を引き起こす趣旨で用いられないのが一般であり、したがって、本件退職金規定所定の右「すみやかに」も他に特段の事情のない限り、右と同様の趣旨に解するのが相当であり、そして、これと別異に解釈すべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。そうとすると、本件退職金規定の右支払時期に関する規定部分が退職時を退職金の支払日とする旨を定めたものとはいえず、他に本件退職金の支払期日につき確定期限の存在を認めるに足る証拠はないから、本件退職金支払債務は期限の定めのない債務というべく、また、本件退職金は、前掲四のとおり労基法所定の賃金であるから、その支払につき同法二三条の適用があるというべきところ、原告の被告に対する本件退職金請求の日時は、記録上明らかな本件訴状送達の日(昭和五七年一一月九日)と認めるのが相当であるから、したがって、右昭和五七年一一月九日より労基法二三条所定の七日おいて後の同月一七日から被告は本件退職金支払債務につきその遅滞の責を負うべきことになる。