全 情 報

ID番号 01195
事件名 労働時間起算点確認請求控訴事件
いわゆる事件名 石川島播磨東二工場事件
争点
事案概要  会社従業員らが、始業時刻を八時とする就業規則の定めにつき右八時に通用門等に設置のタイムカード打刻により賃金カットしない取扱いがいわゆる面着制に変更されたのに対し、会社通用門の入門時刻を労働時間の起算点とする旨の労働契約上の地位の確認と通用門を午前八時前に入門する義務の不存在確認を求めた事例。(控訴棄却、労働者敗訴)
参照法条 労働基準法32条,37条
体系項目 労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 着替え、保護具・保護帽の着脱
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 労働時間の始期・終期
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / タイムカードと始終業時刻
裁判年月日 1984年10月31日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和52年 (ネ) 2052 
裁判結果 棄却(確定)
出典 労働民例集35巻5号579頁/時報1156号152頁/労働判例442号29頁/労経速報1212号8頁
審級関係 一審/01183/東京地/昭52. 8.10/昭和48年(ワ)1230号
評釈論文 安枝英のぶ・公企労研究65号94頁/古川陽二・季刊労働法135号197頁/荒木尚志・ジュリスト870号106頁/蓼沼謙一・労働判例448号4頁
判決理由 〔労働時間―労働時間の概念―差替え、保護具・保護帽の着脱〕
 作業服の着用が常に業務性を有するとは限らないが、職務の性質いかんによっては、業務上の災害防止の見地から作業服の着用が義務づけられる場合があり(労働安全衛生規則一一〇条)、また使用者において、作業能率の向上、生産性の向上、職場秩序の維持など経営管理上の見地から従業員に一定の作業服の着用を義務づけることがないわけではなく、そのような場合には、作業服の着用は業務開始の準備行為として業務に含まれると解するのが相当である。また、業務上の災害防止のため作業服以外の保護具の着用が義務づけられている場合には(労働安全衛生規則一〇五条、三四三条、三六六条、五一九条など)、これらの保護具の着用は業務遂行のために必要な準備行為として業務に含まれると解される。
 そこで、東二工場における更衣等に関する取扱いについてみるに、《証拠略》によると、被控訴人は従業員の安全を確保し、作業遂行の円滑化と生産の向上に資することを目的として、各職種、作業内容、作業場所に応じてそれぞれ、作業の服装、着用すべき保護具の種類、制式などを定め、安全担当課長、職長、班長などをして保護具の適正使用の指導、徹底を図らせていることが認められ、これに反する証拠はない。
 そして、《証拠略》によると、控訴人X1の東二工場における作業内容は船舶の昇降梯子、手すりなど艤装品のガス熔接、切断、取付けなどであり、その作業を行うには、作業服、安全帽、安全靴、命綱、作業用手袋などの着用を要すること、控訴人X2の作業内容は組立工場内で船底部分、上甲板部分などの熔接を行うことであり、その作業を行うためには作業服、安全帽、安全靴の着用を要することが認められ、右認定に反する証拠はない。
 以上によれば、控訴人らの更衣等(前記作業服、保護具の着用)は、控訴人らの業務に含まれると解するのが相当である。
〔労働時間―労働時間の概念―労働時間の始期・終期〕
 そこで、新勤務制度実施以前における始業について、控訴人ら主張のような慣行が存在していたか否かについて検討するに、前記認定したところによると、東二工場においては、地下ロッカールーム移転以前からタイムカード制が実施され、八時までにタイムカードに打刻すれば賃金計算上遅刻扱いにされなかったが地下ロッカールーム移転(昭和三六年八月)以前には前記認定のような五分前遅刻制という制度があり、七時五六分以降八時までにタイムカードに打刻した場合には、賃金計算上は遅刻扱いにされなかったが、労働契約上の始業義務を完全に履行したものとは認められていなかったこと、地下ロッカールーム移転以前及び右移転時における労使交渉において、被控訴人は従業員は八時に器材受渡場所に到着していることが就業規則上義務づけられていると主張し、これに対し組合側も会社側の主張を全面的に肯認したわけではないが、八時にタイムカードに打刻すれば従業員としての義務を完全に果したわけではなく、八時から始業できるように準備時間を置いて打刻すべきであることを認めていたこと、その後昭和四二年ころから各職場で八時から体操が行われるようになり、被控訴人の主張する器材等受渡場所への到着は体操参加に代置されるようになったが大多数の従業員はおおむね七時五〇分ころまでにはロッカールームに入り八時の体操に参加していたこと、昭和四六年隔週週休二日制実施に当たり、従業員の大多数を組合員とするA労連と被控訴人との事実上の合意に基づいて、労連の自主的運動と職制による現場指導という形で八時の体操に参加することの指導が行われ、全造船分会組合員を除き大多数の従業員によってこれが励行されるようになり、新勤務制度実施の直前の段階に至ったことが認められ、右のような事実に照らすと、新勤務制度の実施前において、控訴人らの主張するような八時に入門することあるいはタイムカードに打刻することをもって、労働契約上の労働時間の起算点とするとの慣行が成立していたと認めることはできない。
〔労働時間―労働時間の概念―タイムカードと始終業時刻〕
 労働契約上の労働時間の起算点は業務の開始時点をもってとらえるべきであり、単なる入門あるいはタイムカードの打刻は業務に当たらないのであるから、これをもって労働契約上の労働時間の起算点とすることはできない。もっとも、労使の合意により、厳密には業務に当たらない入門あるいはタイムカードの打刻をもって労働契約上の労働時間の起算点とすることは自由であるが、前記認定したところによれば、東二工場において行われていたタイムカード制は八時にタイムカードに打刻すれば賃金計算上遅刻扱いにはしないということであって、タイムカード打刻をもって労働契約上要求される業務の開始があったとする趣旨のものでないことは明らかであり、控訴人と被控訴人との間に右入門あるいはタイムカード打刻をもって労働時間の起算点とする旨の合意があったと認めることはできない。