全 情 報

ID番号 01231
事件名 労働協約の履行を求める仮処分申請事件
いわゆる事件名 ニチバン事件
争点
事案概要  使用者が労働協約を破棄し労働時間を延長する業務命令を発したことにつき、右延長時間内の就労を強制しないよう求めた仮処分事件。(認容)
参照法条 労働基準法32条,2章
刑法37条
体系項目 労働時間(民事) / 時間外・休日労働 / 時間外・休日労働の要件
裁判年月日 1979年6月7日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 昭和52年 (ヨ) 2375 
裁判結果 認容
出典 時報944号111頁/労経速報1019号3頁/労働判例322号27頁
審級関係
評釈論文
判決理由  〔労働時間―時間外・休日労働―時間外・休日労働の要件〕
 債務者は、本件勤務時間延長の違法性阻却事由として、これが企業としての破滅を回避するための自救行為である旨を主張する。
 (中 略)
 本件においては、前述のように、債務者は本件勤務時間延長による延長時間の就労を債権者らに義務づけうるような実体法上の請求権を存していなかったのであるから、そもそも実現しうべき権利を欠いていたものというほかはなく、右法理の適用を求めるための基本的要件を満たしていない、というべきである。
 〔労働時間―時間外・休日労働―時間外・休日労働の要件〕
 債務者は、本件勤務時間延長の違法性阻却事由として緊急避難を主張するが、(中 略)。
 債務者が緊急避難の法理の適用を求めるに当り、債務者に帰属する利益として主張しうるものは、たかだか債務者の財産的利益にとどまるものといわなければならない。
 これに対して、自然人である債権者らが本件勤務時間延長によって害される利益は、単なる財産的利益にとどまるものとはいいがたい。
 (中 略)
 本件勤務時間延長は、債権者らに対し、その個別的同意を得ることなく、かつ何ら直接の対価を提供することなく、一日一時間、一週五時間三〇分の追加的就労を要求するものであって、本来債権者らが契約上自由に使用しうる時間を一方的に債務者のために拘束しようとする点において、単なる賃金請求権の剥奪という財産的利益の侵害のみならず、債権者らの自由の束縛という別個の利益の侵害を不可避的に含んでいるからである。
 仮に一般的経済環境および債務者の経営状態が債務者主張のとおりであるとしても、本件勤務時間延長によって債務者の受ける直接の財産的利益は、生産原価の低減と販売量の増加による販売利益の増加にほかならず、これが長期的には債務者の企業競争力を強化し、窮極的には債権者らを含む従業員全体の雇用を安定させ、また場合によっては将来の賃金の増加その他の労働条件の向上をもたらすことはありえても、債権者ら個人にこのような利益が確実に還元されるという法的・制度的な保障は何ら存在しないことを考慮すると、このような要因が本件勤務時間延長によって債権者らの受ける不利益を直接に軽減するものとは考えられない。
 このように見てくると、本件勤務時間延長は、緊急避難の基本的要件である害悪の均衡を欠くものというほかはない。