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ID番号 01317
事件名 譴責処分無効確認及び慰謝料請求事件
いわゆる事件名 三菱電気事件
争点
事案概要  昼休みに更衣室において同僚に対して、健康保険法改悪反対等の請願書への署名を依頼したことを理由として、就業規則に基づき譴責処分に付せられた従業員らが、譴責処分の無効確認等を請求した事例。(請求、一部認容一部棄却)
参照法条 日本国憲法19条,21条
民法90条
労働基準法34条3項,89条1項9号
体系項目 休憩(民事) / 休憩の自由利用 / 自由利用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 政治活動
懲戒・懲戒解雇 / 処分無効確認の訴え等
裁判年月日 1976年10月28日
裁判所名 静岡地
裁判形式 判決
事件番号 昭和48年 (ワ) 231 
裁判結果 一部認容 一部棄却(確定)
出典 時報846号112頁
審級関係
評釈論文 水野勝・労働判例266号12頁
判決理由  〔休憩―休憩の自由利用―自由利用〕
 憲法第一九条・第二一条等は、国民が言論の自由・政治活動の自由を国家に対する関係で享有することを保障し、その保障が国民相互の関係においても、民法第九〇条にいう公の秩序として妥当することは勿論であるが、他面、国民の生活活動は私的自治の原則を基調として展開されるものである以上、国民相互の関係においては、その自由意思により言論の自由・政治活動の自由に制限を加えることも、社会通念上これを肯認するに足りる合理的理由が存する限り、必ずしも公序に反するとはいえないものというべきであり、また、憲法第二二条・第二九条等は、財産権の行使・営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障していることから、労働者の政治活動の自由も、それが使用者の所有ないし管理に係る施設内においてこれを利用して行われるものである以上、企業利益との調整の面から一定の合理的な理由に基く制限に服すべきものであることは、やむをえないものといわなければならない。また、労働基準法第三四条第三項が、労働者に休憩時間を自由に利用させることを使用者に命じているのは、使用者が労働者に作為義務を課すなどしてその休憩を妨げることを禁じたものであって、使用者が、ある労働者に対して、他の労働者の休憩時間の自由な利用を妨げ、ひいては作業能率を低下させる虞れのある方法で休憩時間を利用することや、使用者の施設管理権を侵害したり、職場の規律の維持を乱すような方法で休憩時間を利用することまで許す義務を負うとする趣旨ではないのである。従って、使用者の有する施設管理権や職場秩序維持権のうえから、合理的な範囲内で休憩時間中の行為に制約を加えることは許されるものというべきであろう。
3 そこで、右のような見地から、就業規則第七八条第一二号の規定の効力について判断するに、一般に、報道・宣伝・募金・署名運動等は、不特定多数の従業員を対象として行われることが予想され、就業時間中であると休憩時間中であるとを問わず、これらの行動が会社の管理する企業施設の利用によって行われるときは、その管理を妨げる虞れがあり、就業時間中に行われるときは、その労働者のみならず他の労働者の労働義務の履行を妨げ、また就業時間外であっても休憩時間中に行われるときは、他の労働者の休憩時間の自由な利用を妨げ、ひいては作業能率を低下させる虞れがあり、更に、これらの行動が特定の主義・主張・信条・宗教等に基いて無制限に行われるとすれば、従業員間に不必要な緊張や反目を生じさせる虞れがあり、ときには、これが原因で、従業員間の融和の崩壊や勤労意欲の減退を招き、ひいては会社内における秩序維持や生産性の向上にまで支障をきたす虞れがある。従って、このような事態を避けるためにも、被告は、自己の有する施設管理権及び構内秩序維持権に基き、会社構内における署名運動等の規模・態様・場所・時間・期間等を事前にチェックする権利を留保する必要があるのであり、会社構内における署名運動等を無制限一律に禁止するならばともかく、許可性という形で会社の判断権を留保するに留めることは、社会通念上も許容されるものであり、政治活動の自由や休憩時間の自由利用の権利に対する一定の合理的な理由に基く制限であって、就業規則第七八条第一二号の規定は、従業員が休憩時間中になす署名運動にも適用があるというべく、このように解したからといって、憲法第一九条・第二一条・民法第九〇条、労働基準法第三四条第三項には違反しないものというべきである。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒権の濫用〕
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―政治活動〕
 就業規則に触れる行為については、どのような軽微な事案であっても全て懲戒事由に該当し、右違反者について懲戒処分に付するかどうかは全く処分権者の裁量に委ねられているものと解するのは誤りであって、違反行為によって会社や他の従業員の蒙った実害の有無及び軽重、会社が懲戒処分をなすに至った動機及び意図、同種違反行為に対して会社が従前よりとっていた態度等、諸般の事情を考慮したうえで、社会通念上処分の相当性を逸脱していると認められる場合には、懲戒権の濫用として懲戒処分が無効と判断される場合もあり、これは、解雇処分のみならず、本件の如き譴責処分の場合にも例外ではないと解すべきである。
 (中 略)
 以上五の3ないし6の事実を要約すれば、本件署名運動は、休憩時間中に、僅か数名の者を対象として個別になされたものであり、その内容も単なる物価値上げ反対等であって、本件署名運動によって、他の労働者の休憩時間の自由な利用を妨げたり、作業能率を低下させたことがなかったことは勿論、従業員間にイデオロギーの反目を招来せしめて不必要な対立抗争を生じさせたり、職場の秩序を乱し、作業能率を低下させるようなことは全くなかったこと、本件署名運動によって、他の従業員の休憩時間の自由な利用を妨げ、ひいては作業能率を低下させる虞れがあるとして、本件譴責処分をなした被告自らが、同じ資本系列のA会社の外交員が、休憩時間中に被告会社の従業員に対して保険の勧誘をなすことを許可し、その結果、従業員のなかの一部に、右のような勧誘行為は迷惑だと感じている者もいること、被告は、B会社の労働組合の役員選挙において、労使協調路線を唱える候補者側の運動員が、長期間にわたって、会社構内において、就業時間中に、会社の許可を得ずに、不特定多数の従業員から自派の候補者を支持する旨の署名を集め、そのため、従業員間に思想上の対立が生じて摩擦・軋轢等を引き起こしていることを知っていたにも拘わらず、自己に都合のよい署名運動なので何ら処分をしなかったのに対し、本件署名運動は、被告が常日頃から共産党系の積極的な活動家として忌み嫌っていたCらの影響のもとになされたものであり、自己にとって不都合な署名運動なので、本件譴責処分をなしたのではないかとの疑問も拭い切れないこと、被告は、参議院議員選挙や静岡市議会議員選挙において、自らが、現実にも、企業内秩序を乱し、従業員間の融和を崩壊させて対立抗争を生じさせた企業ぐるみの選挙運動を指導し、少くとも、本件譴責処分当時もそのような企業体質の持主であったにも拘わらず、原告両名のなした本件署名運動については、具体的には、何ら企業内秩序を乱した事実はないし、何ら従業員間の融和を崩壊させて対立抗争を生じさせた事実もないのに、そのような事態を引き起こす抽象的な虞れがあるとの理由から本件譴責処分をなしたこと、以上のとおりである。従って、右のような諸事実を総合すれば、本件譴責処分は、社会通念上、処分の相当性を逸脱しているものというべく、懲戒権の濫用として無効と解すべきである。
 〔懲戒・懲戒解雇―処分無効確認の訴え等〕
 確認の訴えは、権利又は法律関係の現在における存否について許され、単なる過去の事実の確認は許されないとされているが、これは、現在の紛争を解決するためには、現在の法律関係を明確にすることが直截かつ適切なことに由来するからである。従って、直接には、たとえ過去の法律関係について確認を求めるものであっても、この過去の法律関係が基礎となって、派生的に、現在及び将来に向って多数の権利又は法律関係の存否又は効力が問題となるような場合には、この基礎になる過去の法律関係についての確認の訴えを認め、その判決の既判力により、多数の権利又は法律関係の基礎であり前提である過去の法律関係を争い得ないものとすることによって、将来派生的に生ずるであろう多数の紛争の抜本的解決を図る必要があり、このような場合には、たとえ、過去の法律関係についての確認を求めるものであっても、確認の利益を肯定すべきである(最高判昭四七・一一・九民集二六・九・一五一三参照)。というのは、もしこれを認めないとするならば、過去の法律関係が基礎となって現在及び将来に向って紛争が発生する度に、その都度、個々の具体的法律関係について確認訴訟・給付訴訟等を提起しなければならなくなるが、この特定が困難であったり、あるいは全体的な法律関係の解決に適切さを欠き、各個の法律関係についての判決の判断が矛盾する場合も生ずるから、このような事態を避けて、抜本的解決を図る必要があるからである。
 就業規則第七七条によれば、譴責処分は、従業員から始末書を提出させて将来を戒める懲戒方法であって、その性質は、懲戒解雇処分や出勤停止処分とは異なり、直接には、雇用関係上の権利の発生・変更・消滅に影響を生ぜしめるものではないと、一応はいいうるであろう。けれども、譴責処分は、あくまでも企業内秩序を維持するための懲罰である懲戒処分の一種であるから、仮に、就業規則上、譴責処分を受けた場合における不利益待遇について具体的規定が明記されていない場合においても(本件では、後に述べるように、不利益待遇についての具体的規定が明記されている場合である)、過去に譴責処分を受けたことがあるという事実自体が、将来の昇格・昇給等の拠り所となる勤務評定に悪影響を及ぼすであろうことは、推測するに難くなく、被告会社の従業員で過去に譴責処分を受けたことのある証人D及びEの各証言も、右推測を裏づけるものといえよう。
 (中 略)
 被告会社の就業規則では、更に、その第七九条第一五号において、数回懲戒処分を受けてもなお改悟の見込みがないときは、懲戒解雇処分に処せられる旨明記されていて、将来、原告両名に対して、懲戒解雇に処すべきかどうかが問題となった場合、必ずや本件譴責処分の存在が考慮されることは明らかであり、原告両名は、その意味においても、現在不安定な法的立場にあるものということができる。更に、就業規則第七七条第一号には、譴責は始末書をとり将来を戒めるとあり、原告両名は、本件譴責処分により、始末書の提出を事実上強制される不安定な立場におかれているものといえよう。
 (中 略)
 本件譴責処分は、原告らと被告との間の労働契約の内容の一部をなしている就業規則に基く処分行為であるが、前述したところより明らかな如く、本件譴責処分は、原告両名の現在及び将来における労働契約上の地位ないしは待遇に影響を及ぼすところの行為であって、この過去の法律関係である本件譴責処分の存在が基礎となって、派生的に、現在及び将来の権利又は法律関係の存否が問題となることは前述したとおりであって、本件譴責処分無効確認の訴えの確認の利益を肯定すべきである。
 〔懲戒・懲戒解雇―処分無効確認の訴え等〕
 被告が原告両名に対して本件譴責処分をなしたことが不法行為であるといえるためには、被告が無効な本件譴責処分をなしたことに故意又は過失がなければならず、換言すれば、被告が本件譴責処分をなすに際し、本件譴責処分が無効であることを認識し(故意)、あるいは過失によってかかる認識を欠いている(過失)ことを要すると解すべきである。そして、前記三の2ないし6の認定事実によれば、被告は本件譴責処分が有効なものと信じてなしたのであり、被告には、本件譴責処分をなすに際し、故意がなかったことは明らかである。また、前記四の2ないし4で判断したところによれば、就業規則第七八条第一二号の規定は、従業員が休憩時間中になす署名運動にも適用があり、このように解したからといって、憲法第一九条・第二一条・民法第九〇条、労働基準法第三四条第三項に違反しないものであって、本件署名運動も、就業規則第七八条第一二号にいう「構内において許可なく署名運動をなしたとき」に該当すること、無許可の署名運動が無制限になされれば、会社内の秩序維持に支障を来たす虞れがあるとして、前記就業規則を適用したうえ本件譴責処分をなした被告にも、それなりの十分な根拠があること、本件譴責処分が懲戒権の濫用により無効であるかどうかは、微妙な法的価値判断にからむ極めて高度な法律解釈であり、懲戒権の濫用といえるかどうかの限界事例であると思われること等に照らせば、被告が、本件譴責処分をなすに際し、本件譴責処分が懲戒権の濫用により無効であることの認識を欠いていた点に、過失があったとは到底解することができない。してみれば、被告に故意又は過失があったことを前提とする慰藉料請求については、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。