全 情 報

ID番号 01584
事件名 懲戒処分無効確認控訴事件
いわゆる事件名 三菱重工業事件
争点
事案概要  休憩時間中にアンケートを求める文書を他従業員に無許可配布したことが就業規則所定の懲戒事由に該当するとして減給処分を受けた従業員が、右処分の無効確認を求めた事例。(控訴認容、労働者敗訴)
参照法条 労働基準法34条3項,89条1項9号
体系項目 休憩(民事) / 休憩の自由利用 / 休憩中の政治活動
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の限界
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
裁判年月日 1968年9月26日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和37年 (ネ) 628 
裁判結果
出典 労働民例集19巻5号1241頁/時報544号85頁
審級関係 一審/04844/神戸地/昭36.12. 4/昭和36年(ワ)304号
評釈論文 阿久沢亀夫・法学研究〔慶応大学〕43巻2号89頁/石川吉右衛門・ジュリスト442号153頁
判決理由 〔休憩―休憩の自由利用―休憩中の政治活動〕
 国民が政治的言論を含む政治活動の自由を国家に対する関係で享有することは憲法(一九条、二一条等)の保障するところであって、その保障が国民相互の関係においても、民法九〇条にいう公の秩序として妥当することはもちろんであるが、他面、国民の生活活動は私的自治の原則を基調として展開されるものである以上、国民相互の関係においては、その自由意思により政治活動の自由に制限を加えることも社会通念上これを肯認するに足りる合理的理由が存する限り、必ずしも公序に反するとはいえないものと解するのが相当である。
 ところで、使用者が就業規則によって労働者の企業施設内における政治活動を制限する理由は、労働者のさような政治活動が会社の管理する企業施設の利用によって行なわれるときは、その管理を妨げるおそれがあり、就業時間中に行なわれるときは、その労働者のみならず他の労働者の労働義務の履行を妨げるおそれがあるからにほかならず、またさような政治活動が就業時間外であっても休憩時間中に行なわれるときは、他の労働者の休憩時間の自由な利用を妨げ、ひいては作業能率を低下させるおそれがあることにあるものと思われるから、いずれも企業運営上の必要に基くものであって、社会通念に照しても合理性を欠くものとはいえない。
 控訴会社の就業規則五六条七号が、労働協約一二条、六九条七号、付帯覚書九号と相まって、従業員に対し、会社の構内および施設(社宅および寮の私室を除く。)において、労働組合の統制に服しない政治活動の表現である印刷物を控訴会社の許可を得ずに配布する行為を禁止するのは、以上の趣旨を出でないものと認められるから、右各規定は公序に反しないものと解される。
〔懲戒・懲戒解雇―懲戒権の限界〕
 ところで前記就業規則五六条七号の「従業員として不適当な印刷物」という文言は、その内容がいささか不明確ではあるが、成立に争いのない乙第一五号証によると、控訴会社と控訴会社労働組合間の労働協約六九条に前記就業規則五六条と同一(その七号をも含めて)の規定があり、労働協約一二条には「組合、支部または組合員が会社の構内および施設(社宅および寮の私室を除く。)において政治活動を行なう場合は、組合または支部の統制によることとし、その具体的活動について会社または事業所が事情やむをえないと認めたときは所定労働時間外に行ない得るものとする。」との規定があり、また労働協約付帯覚書九号に「協約六九条七号の規定は正当な組合活動についてはこれを適用しない。」と定められていることが認められることおよび前掲乙第二号証によると、就業規則二条には「この規則に定めた事項であっても労働協約に別段の協定があるときはこれによるものとする。」との規定があることが認められることを併せ考えると、就業規則五六条七号の「従業員として不適当な印刷物」中には、労働組合(または支部、以下同じ)の統制に服しない政治的活動の表現である印刷物が含まれるものと解するのが相当である。
 (中略)
 本件文書のうちの前記部分は、注意深くその表現方法を柔らげてはいるが(かような態度は、本件文書の前文中にある「今、全国的に労働者は『新安保体制化の合理化の嵐の中に』おかれますます苦しい生活に追い込まれているという」というような第三者的な表現の仕方にも現われている)、正義と平和のためには日米安保条約を廃棄することが必要であり、これに向って努力している社会党および共産党を支持すべく、民主社会党は労働者の味方ではない、旨の政治的信条およびこれに基く行動を勧奨する政治的な文書であると解するのが相当であり、かつ組合の統制に服していない政治活動の表現であるということができる。
〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―業務命令拒否・違反〕
 被控訴人らは、本件文書配布行為は、何らの実害をも伴わなかったから、懲戒処分の対象とされるべきではない旨主張するが、仮に実害を伴わなかったとしても、既に抽象的には、他の労働者の休憩時間の自由な利用を妨げ、ひいては作業能率を低下させるおそれが発生したものというべきであるから、右行為を懲戒処分の対象とすることは差支えないものと解するのが相当である。