全 情 報

ID番号 01719
事件名 地位保全仮処分命令申請事件
いわゆる事件名 横浜ゴム事件
争点
事案概要  住居侵入により罰金刑を受けたことが、就業規則所定の「不正不義の行為を犯し、会社の体面を汚した者」という懲戒事由にあたるとして懲戒解雇された原告が、その無効を主張し、地位保全と賃金支払の仮処分を求めた事例。(認容)
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の限界
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務外非行
裁判年月日 1966年2月10日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 昭和40年 (ヨ) 2278 
裁判結果 認容
出典 労働民例集17巻1号47頁/時報441号58頁
審級関係
評釈論文
判決理由  〔懲戒・懲戒解雇―懲戒権の限界〕
 使用者が就業規則に基き企業の従業員に対し懲戒として解雇を含む不利益処分を課することは、企業の規律秩序に対する違反侵害を犯した者に対し不利益を与えその甚だしい場合にはこれを企業外に排除することが企業の維持発展の目的に合致する限りにおいて是認され得るものというべきであるが、労働者の企業に対する事実上の従属的地位に鑑み、また、近代国家が私的制裁を原則として禁止している点から考えても懲戒の事由、方法、程度を論ずるに当っては、従業員の地位、利益を不当に害することのないよう慎重な配慮を要し、懲戒が上記企業目的に必要な限度を越えて行われる場合には、これを懲戒権の適法な行使とみることはできない。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―職務外非行〕
 およそ労働者は、労働契約に基いてその労働力を企業に提供するに止まり、その全生活を企業の支配監督下におくものではないから、上述の意味の使用者の懲戒権は、就労に関する企業上の規律と本来無関係な従業員の企業外における私生活上の言動には及び得ないことを本則とする。ただ、従業員は、労働契約関係に随伴する信義則上の要請として、企業の秘密を洩らしその信用を損う等一般に企業の利益を害するような言動をしてはならない忠実義務を負うものと解されるから右義務に対応して、従業員の職務外における私的な素行、言動についても、それが企業の運営に何らかの悪影響を及ぼし、それによって企業の利益が害され又は害される虞があると認められる場合には、その限りにおいてこれを懲戒の対象となし得るものということができる。しかし、その場合にも、右言動が本来企業の規律から自由な(従って、一般に企業規律への規範意識を伴わない)私的生活領域内で生じたものであるところから、これに対する懲戒権の行使は、企業上やむを得ない必要の限度をこえて従業員の私行に容喙することのないよう慎重になされなければならないし、就業規則の懲戒条項の趣旨についても、叙上の見地から合理的にこれを解釈すべきものである。
 (中 略)
 以上にみた従業員賞罰規則所定の各懲戒事由と懲戒の本質、限界につき(一)に述べたところとを照し合せて考えると、本件懲戒解雇に適用された右規則一六条八号の「不正不義の行為を犯し、会社の体面を著しく汚した者」とは、従業員が道徳的、社会的、法律的にみて「不正不義」と目されるべき非行を犯した場合、それが職務上のものであると単なる私行上のものであるとを問わないけれども、ただそれだけでなく、右非行がその性質、程度からみて「会社の体面」即ち被申請人の企業としての社会的地位、信用を著しく傷つけ、そのためもはや被申請人に当該従業員との雇傭関係の継続を期待することが社会通念上困難な場合における当該従業員を意味するものと解するのが相当である。
 (三)本件懲戒解雇の理由とされた申請人の非行(上記第二の二)が前示規則一六条八号前段の「不正不義の行為」に該当することは多言を要しないところであるが、《証拠》によれば、右犯行は酔余に出たものであることが認められ、その処罰が少額の罰金刑に止まる点からみても、その罪質、情状において比較的軽微なものであったことが窺われる。右犯行が新聞等により社会的に報道されなかった事実は争がなく、右犯行の結果被申請人に企業上問題となるような現実の損害を生じた事実については、疎明がない。その他疎明上認められる被申請人の企業規模(資本金約五四億円、従業員約八、八〇〇名)、申請人の企業における地位、職種(タイヤ工場蒸熱担当工員)等の事情をも考慮するならば、申請人は右非行により「会社の体面を著しく汚した者」に該当しないものと解するのが相当であるから、本件懲戒解雇は、懲戒規定の適用を誤ったものとして無効といわなければならない。