全 情 報

ID番号 01801
事件名 懲戒処分無効確認等請求事件
いわゆる事件名 日本パルプ事件
争点
事案概要  勤務終了後、工場の休憩室で同僚に政治的ビラを配布したこと等を理由として、了解事項(労働協約に関する確認書)就業規則に基づいて、譴責処分に付せられた労働者が、当該処分の無効確認、慰謝料、謝罪広告の掲示を請求した事例。(請求棄却)
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の限界
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 政治活動
裁判年月日 1975年4月22日
裁判所名 鳥取地米子支
裁判形式 判決
事件番号 昭和44年 (ワ) 65 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 時報796号98頁
審級関係
評釈論文 近藤昭雄・労働判例229号4頁
判決理由  〔懲戒・懲戒解雇―懲戒権の限界〕
 譴責処分とは、右就業規則にもあるとおり「始末書をとり将来を戒める」にすぎないものであるから、懲戒解雇等とは異なり、処分行為の結果が直ちに現在の雇傭関係上の地位あるいは待遇に変更をきたすという性質のものではない。しかしながら、譴責処分はあくまで企業内の懲罰である懲戒処分の一種であるから、かりに就業規則上、右譴責処分を受けた場合における不利益待遇について具体的規定の存しない場合においても、これを受けた者が当該処分自体あるいは処分の累積により、その後における雇傭契約上の地位、待遇に関し、何らかの不利益を蒙るであろうことは推認するにかたくなく(《証拠略》中にも右に同趣旨の供述部分がある。)、かりに右のような影響を及ぼさないものであれば、あえて譴責処分という就業規則上の懲戒処分を設ける必要はないのであって、ただ単に事実上の注意を与えるだけで十分であるはずである。
 (中 略)
 譴責処分は、その結果が直ちに雇傭関係上の地位あるいは待遇に変更をきたすものではないものの、将来において右地位、待遇に不利益な影響を及ぼすべき措置が付置させられることを予定されたものと解すべきところ、将来右影響が現実化した場合には、労働者は使用者に対し、具体的請求として右現実化した不利益の除去を訴求し得ることは当然であるが、そうすると不利益待遇がなされた都度訴を提起しなければならないこととなり、実際問題として労働者に対しかなりの困難を強いることになるし、しかも多岐にわたる権利、義務を包含する継続的雇傭関係の中で、如何なる部分が当該譴責処分に基づく不利益待遇であるのかを特定することは、かならずしも容易なものではないから(中 略)。
 不利益待遇が現実化している場合はもちろん、いまだこれが現実化していないものと認められる場合においても、過去の行為である譴責処分がはたして事実行為であるか法律行為であるかはさておき(就業規則は原告と被告との間の労働契約の内容の一部であり、譴責処分は右契約に基づく処分行為であるから、これをもって同契約上の地位ないしは待遇に将来影響を及ぼすところの法律行為であるとみなすべき余地はある。)、右処分行為を前提とする不利益待遇はすべて違法であることを宣言する意味において、端的に譴責処分の無効を確認することができるものと解するのが相当である。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―政治活動〕
 右事実によれば、前記のとおり政治的文書である本件ビラの配付行為(署名要求行為を含む。以下同じ。)が原告個人としてなされたいわゆる政治的活動であることは疑いの余地がない。そして同じく右認定の事実によれば、本件ビラ配付行為は、原告において、ただ単にビラを配付したにとどまらず、積極的に署名を求め、あるいはビラを返すといわれてもこれを拒否し、さらに安保条約廃棄の必要性を訴えては右ビラの閲読を求める等いささか執拗にすぎるきらいがないではないが、政治活動としては一応平穏になされたことが窺われ、時間にして約一〇分間程度のものであり、しかも原告および右両名の就業時間終了後のことであったうえ、他の電気工作班員もすべて勤務を終えて本件現場を離れてしまっていたのであるから、本件ビラ配付行為が、その場において被告会社の作業秩序を乱しあるいは作業能率を低下させたりするものでなかったことは明らかである。
 さきに認定したようにAは、原告の本件ビラ配付行為当日、業務研修に赴く予定であったところ、研修に出席したものの遅刻したうえ、あまり熱中できず、受講途中で退席したものであり、原告の行為が単にビラを配付したにとどまらず、いささか執拗であったことを考えると、Aの業務研修への参加が一部妨げられたのは原告の行為に起因するものというほかはない。ところで、前記認定の事実によれば、右業務研修は、昭和四三年九月以降においても、かならずしも業務的なものであったとは認められないものの、被告において研修の必要性を認め、従前従業員の自主的研究にすぎなかったものに積極的に加功し、担当訓練班長を定めて訓練計画にも参画し、時間外勤務手当を一部認めることによって、むしろ被告の主催する研修へと移行させつつあったものというべく、その意味において右業務研修は、本件ビラ配付行為当時すでに会社の業務としての側面をも具有するに至っていたものと解すべきである。したがって、原告の本件ビラ配付行為によって、前記のとおりAが右研修受講に関し悪影響を蒙った以上、それはすなわち会社の業務を阻害したものといわなければならない。
 そうすると、結局のところ、原告の本件ビラ配付行為は、結果的に会社の業務を阻害したものであるといわざるをえないから、右行為は、本件了解事項によって禁止される政治活動に該当するものというべきである。そして、就業規則九三条によれば、譴責処分は、懲戒処分としては最も軽微なものであることが明らかであるから、これをもって相当性を欠くものと解することはできず、被告のなした本件譴責処分は有効であるといわざるをえない。