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ID番号 03078
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 三菱難聴事件
争点
事案概要  造船所の元従業員、下請作業員らが罹患した難聴は工場内の騒音によるものであるとして、会社に安全配慮義務の責任を求めた事例。
参照法条 民法415条
民法1条2項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1987年7月31日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 昭和54年 (ワ) 683 
裁判結果 一部認容
出典 タイムズ645号109頁/労働判例502号6頁
審級関係
評釈論文 宮本増・昭和62年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊677〕64~65頁1988年12月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務〕
 労働契約又は雇傭契約において、使用者は労働者に対し、労務供給に伴つて生ずる可能性のある危険から労働者の生命、健康を保護するよう配慮する一般的な義務を負うものと解される。
 右の安全配慮義務は、使用者が労働者に労務供給を命ずる過程において、その供給場所、利用設備、労務内容等から労働者の生命、健康に対して危険が生ずるおそれのある場合には、労働者の生命、健康を保護するために、信義則上当然に発生する義務である。したがつて、その根拠となる契約ないし法律関係は、労働契約又は雇傭契約に限られるものではなく、広く一般的に、一方当事者が労務を供給し、他方当事者が労務供給を受けるべき場所、施設もしくは使用器具等の設置管理を行ない、あるいは直接指揮命令を与える等の方法により、当該労務を支配管理するような関係にある場合には、そのような法律関係にもとづき安全配慮義務が発生するものと解するのが相当である。
 また、右安全配慮義務の内容は、一律に画定されるものではなく、労務供給関係における労務の内容、就労場所、利用設備、利用器具及びそれらから生ずる危険の内容・程度によつて具体的に決せられるべきものである。
(中略)
 思うに、ニューサンスへの接近の理論は、ニューサンスに限らず、いわゆる危険への接近として他の分野においても適用される場合もあるが、労働関係には、適用がないものと解すべきである。けだし、かつて労災事故の発生した企業であつても、今後同事故が発生しないことを期待して、使用者、労働者間に労働契約が締結されるものであつて、同契約では、労働者が自己の生命、身体の危険まで使用者に提供しているものではない。そして、右契約後においては、使用者には労働者の労働環境を整えて、安全に就労させるべき義務があり、したがつて、労災事故の発生を防止すべき第一次責任は使用者にあるから、労災事故が発生した場合、使用者が労働者に対して、危険への接近の法理をもつて、自己の責任を阻却、軽減する事由とすることは、右第一次責任を没却させる結果となり、社会通念上、信義則上許されないと解されるゆえにである。また、労働者は、自己の意思によつて使用者と労働契約を締結した以上、使用者に対してみだりに損害をかけないという災害防止の第二次責任があり、自己に労災事故が生じた場合、右第二次責任を問われてその損害につき過失相殺されるときもあるけれども、元来労働契約は継続して互いに遵守すべきものである関係上、労働者は、就労中にその職場にとどまつておれば労災事故にあうかも知れないことをうすうす予知し得ても、労働組合による団結権行使以外に個人的にはその職場から勝手に離脱したり、就労を拒否することができないから、危険への接近という法理によつてその損害額を軽減されることがないものというべきである。以上の理論は、元請会社が下請会社の従業員に対して直接に使用者責任を負う場合にも適うものである。
 ちなみに本件の場合、前記第三に認定した被告Y会社おける騒音作業の状況からすれば、原告らは、被告Y会社が騒音職場であることを知つて、被告又はその下請会社に入社したことが推認されるが、難聴にかかることまで認識しながら、あえて右入社をしたとの事実は、全証拠によるもこれを確認することができない。