全 情 報

ID番号 03246
事件名 損害賠償請求併合事件
いわゆる事件名 ワンビシ産業事件
争点
事案概要  ガソリンスタンド従業員の四アルキル鉛中毒症に対する不法行為にもとづく損害賠償請求に関し、使用者に加鉛ガソリンの毒性を周知徹底させる教育をする安全配慮義務違反があったとした事例。
参照法条 労働基準法2章
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1980年3月10日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和49年 (ワ) 6023 
昭和50年 (ワ) 857 
裁判結果 一部認容・棄却(控訴)
出典 時報960号69頁/労働判例339号52頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務〕
 いずれも成立に争いのない乙第五号証、第六、第七号証の各一、二、第八、第九号証、証人A、同Bの各証言によれば、被告は、昭和三七年頃から毎年四月に新入社員を本社に集め、約一週間の日程で教育し、その後配属先の支店、サービスステーションでも教育し、その内容となるテキストは、使い始めた時期には多少ずれがあるが、被告作成の「社員ハンドブック」「明日への手引」「S・S問答集」、共同石油株式会社発行の「プライマリーコース」「石油製品知識」、石油経済研究会発行の「石油便覧」などであり、更に、危険物取扱主任者の免許を原告や他の従業員に取得させるため、東京消防協会発行の「実務テキスト」を使って受験勉強をするように指導していたこと、右の各テキストはサービスステーションにまとめておいてあること、原告のような途中入社者に対しては、本社での教育に代わるものとして、配属先のサービスステーション所長が右のテキストによって指導することになっていたことが認められる。
 右両証人は、新入社員の教育には、加鉛ガソリンの毒性の問題も含まれていたと供述するが、そのような教育がどれほど徹底したか、特に原告に対して教育効果があったかについてはかなり疑問である。まず、右の各テキストの内容は、商品としてのガソリンの知識、ガソリンの販売方法についての記載が圧倒的に多く、加鉛ガソリンの毒性に関する記載は、「S・S問答集」の六頁、「プライマリーコース」の二八頁、「石油便覧」の一四八頁、一七七頁、「実務テキスト」の一三六頁にあるが、それらの記載は、おおむね、オクタン価向上剤としてガソリンに添加される四エチル鉛等は強い毒性を有するので、添加量が規格で定められていて、誤用を避けるため着色されており、自動車以外の用途に使用することは避けなければならない旨が記述されているに止まり、その毒性の程度、中毒症状、取扱上注意すべき点についての記述は全く欠落しているのみならず、その記載の位置、分量からみて、重要性の比重は右商品知識などよりも非常に低く、毒性を強調しているとは到底いえないし、仮に右の各テキストを全部通読しても、各従業員に加鉛ガソリンの毒性が銘記されるか否かは疑わしいといわなければならない。次に、被告の社員教育は、四月の新入社員に対するものが中心であり、その後の教育や、原告のような途中入社の者に対する教育が現実にどのようになされたのかは明らかではなく、原告に対する教育についての右両証人の供述は間接的で、具体性がなく、しかもあいまいであり、右テキスト内容と相まって、原告に対し加鉛ガソリンの毒性について徹底した教育がなされたとは認められない。
 従って、原告の右の点についての供述は大筋で信用できるというべきで、原告が加鉛ガソリンの毒性について認識不足であったのは、被告の教育が十分でなかったことによると推認できる。
 次に、原告の発病前の時期に、被告が従業員に対し定期的な四アルキル鉛中毒症についての特殊健康診断を実施していなかったことは当事者間に争いがない。
 右のような健康診断の実施が望ましいことはいうまでもないが、しかし、被告の通常の業務過程において一定の蓋然性で四アルキル鉛中毒症が発生することが予見されるのであれば、右健康診断の実施が必要であるが、本件は原告が通常あまり予想されない方法で加鉛ガソリンの暴露を受けた結果発生したのであるから、このような発生を防止するには、健康診断よりも、前記の毒性に関する教育が格段に有効であるし、原告の発病の原因となった暴露の時期及び態様、すなわち少量ずつ長期であったか、かなりの量が短期間であったのかは必ずしも明らかではなく、従って、ある時点で健康診断をして、血中鉛量、尿中鉛量の増加が認められて、適切な措置をとることによって、発病または重症化を防ぐことができたか否かは明らかではなく、健康診断の欠如が原告の発病と因果関係があるとすることについては疑問があるから、前記健康診断をしなかったからといって被告に安全配慮義務違反があったとは断定できない。
 更に、原告らは他にも安全配慮義務違反を主張するが、前記認定の発病過程、他に中毒患者が発見されていないこと等に照らし、右義務違反及びそれと原告の発病との間の因果関係を認めることはできない。
 以上のとおり、被告の安全配慮義務違反の内容となるのは、原告に対し加鉛ガソリンの毒性を周知徹底させる教育をすることが不足したとの点であったと判断するのが相当である。
 従って、被告は、原告らに対し、民法第七〇九条、第七一〇条により、原告らの被った損害を賠償する義務がある。