全 情 報

ID番号 03493
事件名 従業員地位確認請求事件
いわゆる事件名 電々公社職員事件
争点
事案概要  飲酒運転で人身事故を起し業務上過失傷害および道路交通法違反の罪で禁錮六カ月、執行猶予二年の刑に処せられた電々公社職員に対する分限免職処分の効力が争われた事例。
参照法条 日本電信電話公社法31条
民法536条2項
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 無効な解雇と賃金請求権
賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
解雇(民事) / 解雇事由 / 企業外非行
裁判年月日 1975年11月7日
裁判所名 徳島地
裁判形式 判決
事件番号 昭和48年 (ワ) 228 
裁判結果 (控訴)
出典 時報798号92頁/訟務月報21巻12号2476頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔解雇-解雇事由-企業外非行〕
 分限制度の趣旨に照らせば、分限免職事由の一つとして公社法三一条一項三号に定められた「その職務に必要な適格性を欠くとき」とは、当該職員の素質、能力、性格等につき公社職員としてふさわしくない属性が認められ、それが簡単には矯正することのできない持続性をもつているため、その者を公社内にとどめておくと公社業務の適正かつ能率的な運営が阻害され、または阻害される蓋然性が認められる場合をいうものと解される。そしてここに確保されるべき公社業務の適正な運営というなかには公社のあり方自体に対する社会的信用の維持ということが含まれる。なぜなら、被告公社は極めて高度の公共性を有する電気通信事業を国内において独占的に担当する政府の全額出資にかかる公法人であつて(公社法一条、二条、五条、公衆電気通信法五条の2)、もちろん、公社の事業の公共性は非権力的な経済活動として国民全体の生活上の便益を増進するための役務の提供であつて、その活動は公権力の行使たる性質を有せず、しかも公社が国家行政機関から完全に分離した独立法人であるから、公社を国家機関に準ずるものと解するのは妥当でなく、その職員の勤務関係は私法上の法律関係にすぎないと解すべきではあるが、それにもかかわらず、被告のように極めて高度の公共性を有する公法人であつて、公共の利益と密接な関係を有する事業の運営を目的とする企業体においては、その事業のあり方自体が社会的な批判の対象とされ、その廉潔性の保持が社会から要請ないし期待されているからである。なおまた、分限免職以外に公社から強制的に身分排除される場合として、公社法三三条の定める懲戒免職があるが、これは公社の企業秩序維持の観点から一定の非違行為につき道義的非難を加えるもので、当該職員の個々の行為又は状態を問題とするのに対し、分限免職は公社の能率的かつ適正な業務運営の観点から職務遂行の妨げとなる矯正しがたい属性を有する職員を排除しようとするもので、一定の期間にわたつて継続している状態を問題とする(一定の非違行為が問題となる場合にも、それ自体を問題とするのでなく、それを徴表とする行為者の性格、能力が永続的、矯正不能か否かの観点から問題とする。)のである。したがつて、ある非違行為が強い道義的非難を伴うものであつて、懲戒免職相当と考えられる場合であつても、それが一過性のもので必ずしも行為者の永続性ある属性の発露とみとめられない場合には分限免職の措置はとるべきでないし、道義的非難の程度が軽く懲戒免職を不相当とする場合であつても、当該行為が公社業務の運営上支障となる職員の矯正しがたい属性を徴表していると認められる場合には、分限免職相当として公社から排除されることがあるのである。このような両制度の存在理由の相違によれば、たんに懲戒事由があるにすぎないのに分限上の措置をとり、或いは分限に名をかりて実質的に懲戒処分を行うことは原則として許されないところである。そして、このような継続状態を問題にする公社法三一条一項三号の「適格性」の有無は、当該職員の外部にあらわれた行動、態度に徴してこれを判断するほかないが、その場合、それら一連の行動、態様、背景、状況等の諸般の事情に照らして評価すべきことはもちろん、それら一連の行動、態度については相互に有機的に関連づけて評価すべく、さらに当該職員の経歴や性格、社会環境等の一般的要素をも考慮して、これらの諸般の要素を総合的に検討して、判断しなければならないのである。
 (中略)
 公社職員が禁錮以上の刑に処せられた場合は、公社の社会的信用を失墜し、公社職員にふさわしくない素質、性格の発現と認められる場合が多いであろうが、結局はこれを一つの徴表として、さらに前記の如き諸般の要素を総合的に検討して、当該職員に公社から排除しなければ業務運営が阻害されるような永続性のある属性が認められるか否かを判断しなければらないのであつて、前記のとおり、右判断には任命権者の裁量の余地があるが、純然たる自由裁量に委ねられたものでなく一定の客観的基準に照らして決せられるべく、社会通念上著しく妥当性ないし合理性を欠く分限免職は裁量権の行使を誤つた無効のものといわねばならない。
 原告において、公社から排除しなければならないような矯正しがたい属性を有するか否かを考察するが、まず、飲酒運転による交通事犯に対する社会的非難が一段と厳しさを増し、これに対応して公社が交通安全の徹底を期していたにもかかわらず、これらを無視して飲酒運転を行つたことは遵法精神を欠くものと評価せざるをえない。しかしながら、事故当日、原告は、自動車を運転することを予期しないまま飲酒したところ、たまたま集中豪雨が来襲したため、勤務先の妻からの迎えの要請を受けて車を運転することとなつたもので、その時間には妻が帰宅に利用できるバス便がまだあつたのであり、運転の困難な豪雨の状況下にあるのだから、飲酒後相当の時間を経過しているので運転には支障がないだろうと判断したことはいかにも軽率であつたといわねばならないが、それでもなお動機において偶発的であつたということができ、原告には、昭和三七年に一時停止違反の前歴が一度あるにすぎないことを考え合わせると、本件と同種の事犯を敢行する反規範的な傾向があるとはいえず、再犯のおそれは薄い。本件事故は、いわゆる酩酊運転を直接の原因とするものとは認められず、通常減速することが考えられない立体交差点において原告の先行車が減速したことなど、事故の発生状況について原告に同情すべき余地がないではない。被告は、原告の取調べに際しての態度が悪かつたこと、所属局長へ事故後直ちに報告とあいさつをしなかつたこと、顛末書に反省を示す記載がなかつたことをとらえて、原告には改悛の情が認められないというが、警察においては原告ばかりを責めるのは酷と思われる行き違いがあつたこと、次の理由を全面的に是とすることはできないにしても原告は組合分会長の立場にあるため局長と原告個人のことで話しをしにくいと考えたこと、顛末書の記載は所属課長の指示に従つて行つたものであることといつたそれなりの理由があるのであつて、被告主張の右事実から直ちに原告には改悛の情が認められないとするのは妥当でない。原告は事故後直ちに警察に連絡しており、事故の翌日の組合大会においては、分会長の立候補を一度は辞退し、組合員の前で事故の報告を行い、また所属課長には事故の翌日に報告をしているのであり、なによりも被害者に対する示談に誠意を示し、示談金を完済し、被害者の宥恕も得ているのであるから、原告は本件事故を反省していると認められる。業務外に自己の所有の車を運転して惹起した事故であり、マスコミによる報道や批判も認められないのであるから、本件事故が公社の業務運営及びその社会的信用に与えた悪影響はほとんどないというべきである。
〔賃金-賃金請求権の発生-無効な解雇と賃金請求権〕
 そして本件分限免職が無効であることは前記のとおりであるから、被告は民法五三六条二項により前記基本給及び諸手当額合計並びに昭和五〇年四月以降の基本給支払義務あることは明らかである。
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・賃金の減額〕
 免職が無効であるときは、当該職員については個別的な発令行為がない場合でも、規定・就業規則、労務慣行などにより特段の欠格事由が認められない限り機械的に定期昇給ないしベースアップが行われるのが通常である場合には、当然定期昇給すべき時期に昇給し、ベースアップがあつた場合にはこれに従つてベースアツプしたものと認めるのが相当である。なぜなら、被告の責に帰すべき事由により不当な免職の措置を受けた職員が、その効力を争つている間は、これと矛盾する賃金増額の発令を受ける余地がなく、そのため、事後、他の普通の職員と差別され当然受くべき利益を享受できないとすれば、それは極めて不合理であり、結果的にみて免職の措置の無効によつて被つた不利益を実質的には完全に救済されなかつたことに帰するからであり、さらに一般には賃金等の増額は使用者(任命権者)の意思表示が必要であるとしても前記のような規定・就業規則、労務慣行がある場合には使用者に裁量の余地はなく、当事者間にも右慣行等によることの暗黙の合意があると認めるのが相当であるからである。