全 情 報

ID番号 03711
事件名 賃金請求控訴事件
いわゆる事件名 大日観光事件
争点
事案概要  「新設!高級社員を求む」旨の新聞広告により応募、採用された場合、雇用契約は会社発起人ではなく設立中の会社との間に成立したものとされ発起人に賃金請求できないとされた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法623条
商法194条
体系項目 労働契約(民事) / 成立
裁判年月日 1971年12月24日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和45年 (レ) 171 
裁判結果 一部取消(確定)
出典 時報658号77頁/タイムズ274号220頁/金融商事(参考)503号46頁
審級関係
評釈論文 今井宏・判例評論163号32頁
判決理由 〔労働契約-成立〕
 被控訴人本人の供述(原審第一、二回)中には、控訴人はその都度適当な会社名を使っては不動産業を営んでおり、本件雇用契約の締結にあたっても、被控訴人は、控訴人から直接雇用条件についての説明を受け、控訴人に雇われた(原審第一回)とか、控訴人から直接採用の承諾を得たものである(原審第一、二回)との部分がある。
 しかし、一方《証拠略》によれば、控訴人、訴外Aほか五名は昭和四二年二月ころ、不動産の売買等を業とするB株式会社の設立を、その発起人となるべき者として企画し、会社設立の準備にとりかかったこと、同年三月半ばころにはその定款の内容を決定して、定款となるべき書面を作成し(但し、この書面には発起人として控訴人ほか右六名の記名はあるが、捺印はない)、設立に際して発行する株式二、〇〇〇株(額面五〇〇円)はすべて控訴人ほか右六名で引受をし、そのうち控訴人を含む四名はその払込みも終了したこと、役員の構成については訴外Aが代表取締役に、控訴人は専務取締役に、残り五名のうち二名が取締役と監査役にそれぞれ就任するものとされていたこと、そして同年三月一〇日ころからBとして、東京都新宿区〔略〕において事実上その営業活動を開始するとともに同月二七日付読売新聞にBの名前で、「新設!!高級社員求む」と記載して営業総務課員と営業課員を募集する旨の従業員募集広告を掲載したこと、被控訴人はこれを見て右同所に赴いて、新聞広告を見てきたが、おたくで働きたいと言って雇用の申込みをし、C営業部次長の面接を経て、同年四月二〇日ころBの事業のための営業員として雇用され、B株式会社営業部観光課という肩書の名刺を交付されてこれに被控訴人名を書入れるようにとの指示を受けたことが認められる。そうすると、右認定の事実関係のもとにおいては、被控訴人本人の前記供述をもって直ちに被控訴人が控訴人に雇用されたものであるとの事実を認めることはできないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、右認定事実によれば、被控訴人はいわゆる設立中の会社であるBに雇用されたものと認めざるを得ない。この理を詳述すれば、次のとおりである。
 株式会社の設立は、定款の作成に始まり設立登記により終了するが、その間、複雑な手続を経て、次第に社団としての実体を備えてゆくものである。そして、設立中の会社とは、この将来成長、発展して株式会社となるべきその前身として、実質的にはこれと同一の存在であることを承認された権利能力なき社団であると解される。この設立中の会社の成立時期は、一般的には、発起人が定款を作成し、かつ各発起人が株式を引き受けた時と解するのが相当である。この時には将来の株式会社の組織ならびに人的および物的基礎の一部が確定し、したがって将来成立すべき株式会社の前身たる一つの社団が成立したものといい得るからである。もっともこの意味においては、定款の作成を要件とするとはいっても、発起人の定款への署名ないし記名、捺印という商法上における厳格な意味での定款の作成、したがってまた発起人として定款に署名ないし記名、捺印した者という意味での発起人の存在を常に要するとする必要はなく、未だ発起人による定款への署名ないし記名、捺印がなされていない場合であっても、発起人となるべき者が確定されており、これらの者の間において定款の内容自体については既に決定をみ、定款となるべき書面も作成されており、またこれらの者による株式の引受はもとよりその払込も一部なされているような場合には、少なくとも構成員とその執行機関が備わっているのであるから、これを設立中の会社というのを妨げないものと解すべきである。本件雇用契約締結当時においては、B株式会社設立の発起人となるべき者として控訴人ほか六名の者が確定され、これらの者により定款の内容も決定され、これらの者による発起人としての捺印はないが、その記名のある定款となるべき書面は作成されており、また設立に際して発行する株式はこれらの者によりすべてその引受がなされ、その一部については払込みも終了していたこと前記認定のとおりである。したがって、Bは設立中の会社というべきところ、被控訴人はBの従業員募集広告を見て、これに応募し、Bに赴いてその営業員となるべく本件雇用契約を締結したのであるから、被控訴人は設立中の会社であるBに雇用されたものと認めるべきものである。
 そうすると、控訴人と被控訴人間に雇用契約が成立したことを前提とする本訴請求は、この点において既に失当というべきであるが、控訴人の発起人としての責任について以下付記する。
 二 《証拠略》によれば、Bは、設立の準備を進めるかたわら昭和四二年六、七月ころまで営業活動を継続したが、営業の行き詰まりから中途で挫折し、設立登記までに至らず、結局Bの設立は不成立に終ったことが認められる。
 ところで、商法第一九四条第一項は会社不成立の場合の発起人の責任について規定しているが、同条にいわゆる発起人とは定款に発起人として署名ないし記名、捺印した者と解すべきところ、控訴人がBの定款に発起人として署名ないし記名、捺印したことを認めるに足りる証拠はない(前記認定のとおり記名があるのみである)。また、同条にいわゆる会社の設立に関してなしたる行為とは、会社の設立自体に関する行為および設立に必要と認められる行為に限られ、いわゆる開業準備行為はこれに含まれないものと解すべきである。すなわち雇用契約の締結についていえば、設立に必要な行為を担当させるための事務員の雇用は、設立に関してなした行為に含まれるが、会社の目的とする営業活動に従事させるための社員の雇用は、これに含まれない。本件雇用契約の締結が、その後者であって、いわゆる開業準備行為に該当するものであることは、前記認定の事実により明らかである。そうすると、いずれの点からしても、控訴人に対し、発起人として本件雇用契約上の責任を負担させることもできない。