全 情 報

ID番号 04065
事件名 懲戒処分無効確認等請求控訴事件
いわゆる事件名 時事通信社事件
争点
事案概要  通信社の記者が休日等を含めて連続二四日になる年次休暇の時季指定をしたのに対する、その後半についての時季変更権の行使が違法とされた事例。
参照法条 労働基準法39条4項(旧3項)
体系項目 年休(民事) / 時季変更権
裁判年月日 1988年12月19日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和62年 (ネ) 2183 
裁判結果 変更(上告)
出典 労働民例集39巻6号669頁/時報1296号32頁/タイムズ683号229頁/労働判例531号22頁/労経速報1343号5頁/新聞909号6頁
審級関係 一審/03070/東京地/昭62. 7.15/昭和56年(ワ)4463号
評釈論文 羽柴駿・労働法律旬報1209号31~35頁1989年2月10日/香川孝三・月刊法学教室104号86~87頁1989年5月/坂本重雄・判例評論368〔判例時報1318〕226~230頁1989年10月1日/水野勝・季刊労働法151号97~103頁1989年4月/道幸哲也・法学セミナー34巻8号105頁1989年8月/野原正祥・地方公務員月報308号34~41頁1989年3月/和田肇・ジュリスト927号60~63頁1989年2月15日
判決理由 〔年休-時季変更権〕
 (2) 被控訴人社全体の企業規模は、通信社としてA社に次ぐ大規模なものであるが、専門ニュースサービスを主体としているため、一般ニュースサービスのための取材を中心とする社会部は、大新聞やA社の二分の一以下の四一人という人員規模であり、外勤記者の記者クラブ単独、かけもち配置もかなり行われていたから、人員にゆとりがあったとはいいがたい。そして、控訴人は科学技術記者クラブに単独配置され、前記認定のような科学技術分野の多岐にわたる取材活動を職務としており、その分野をいつでも補佐、補充しうるような非常勤記者の配置はなかったから、控訴人が勤務しえない事情が生じれば、直ちに本来科学技術分野を担当しない他の記者をもって補充するほかはなく、これにより、その記者の本来の担当職務遂行に影響が生じる状態にあったといわざるを得ない。そして、控訴人の担当した科学技術分野は、その取材に当たり科学技術に関する知識、経験が必要とされ、また、例えば原子力発電所の事故原因や原子力安全問題についての解説記事等も担当職務とされていた関係で、そのための専門知識も必要であったから、この点において、その職務を代替するのに一定の困難が伴うことも否定しがたい。しかし、控訴人もそのような知識、経験の取得に努めていたとはいえ、専門的に養成されたわけではなく、配属以来二年強経過したばかりの時期であったから、他の記者と隔絶した専門的能力を有していたわけではなく、また、科学技術分野の記者に必要とされる知識、経験の専門性自体が他の分野の記者クラブ配属記者に要求される知識、経験と比較して、その専門性の程度が高いとしても、それは相対的なものに止まっていたのであるから、代替による影響に関し、この控訴人の専門記者性をとりわけ重視するのは相当ではない。したがって、控訴人が勤務しないことによる影響は、右の代替者の本来の担当職務遂行への影響及びこれに伴う波及的な影響と代替者による科学技術分野の代替職務遂行に伴うある程度の質の低下が考えられるに止まるものとみるべきであり、人員の逼迫、職務の専門性を考慮しても、控訴人の職務が代替不能とはいえないのはもとより、代替が著しく困難であったとはいいがたい。
 (3) もっとも、控訴人の指定した年次有給休暇は連続して二四日(結果的には二二日)という長期のものであったから、それを代替する要員の確保にかなりの困難があることは否定しがたく、また、通信社の編集業務、記者の職務の性質上、取材を要する社会的事象、特に大事件が何時、どの程度発生するかを正確に予測するのは難しいから、その要員確保の困難と本来の担当者によらないその間の職務遂行が社会部の業務に影響する度合いについての事前の判断は、その当時既に確定している事情、予測しうるかぎりの事情に基づきある程度のがい然性をもって行うほかはないが、その判断に基づく時季変更権の行使が権利としての年次有給休暇請求権行使の効力を失わせる結果をもたらすものである以上、慎重な吟味を要するというべきである。
 そして、代替要員の確保の困難については、なるほど、社会部員は、それぞれ担当職務を有し、記者クラブに所属しない三人の遊軍記者も、独自の目的から設置されたばかりであったから、被控訴人として、これを安易に控訴人の職務の代替に廻すわけにいかなかった事情は理解しうるが、そのため代替要員が確保しえないとして時季変更権を行使しうるかどうかは別問題である。そして、現にB記者が代替したことを考えても比較的担当職務の暇な外勤記者やデスク補助記者により代替する方法も採りうるところであったとみるべきである。現に、同じ社会部のC記者の同じ時季の年次有給休暇取得に対しては、被控訴人も、そのような前提で時季変更権行使に至らなかったものとみられるのである。
 また、代替要員による職務遂行に伴う業務の質的低下についても、被控訴人が最も問題とする原発事故に関してみると、第一報的記事は経済部の通産省担当記者や地方記者の取材と重複する部分があり、視点や切り込み方に差異があるとしても、ある程度のカバーも期待しうるところであり、解説記事についても、確かに記者の知識、経験の多少により深みに差異が出ることは否めないが、その深みの差異も、控訴人の当時の専門的能力から考えてこれを理由に時季変更権を行使することが認められるほどに顕著なものであったとはいえない。
 (中略)
 (4) そして、控訴人が時季指定した期間は、官公庁や一般企業の業務閑散期であって、科学技術分野についての大きな行事予定や取材継続中の重大事件も無かったのであり、原子力発電所の事故が多発していたわけでもないから、特に社会部の事業に支障が大きい期間を指定したということはできないのであり、被控訴人が事業上の支障として述べる事情は、控訴人が長期の年次有給休暇を取得する場合には、いわば恒常的に存在する事情であった。
 (5) さらに、控訴人の指定どおりの年次有給休暇取得により代替要員確保の困難、代替者による職務遂行に伴う業務の質的低下が生じ、それが社会部の業務に対する支障と評価されるとしても、前記のとおり被控訴人社の社会部員の配置にゆとりがなかったこと、特に科学技術記者クラブに控訴人だけを単独で配置したことがその原因であり、社会部の人員のゆとりのなさはともかくも、控訴人の単独配置は、他社の例や被控訴人自体の過去の例からしても、また、被控訴人が控訴人の担当する科学技術分野が専門性が強く代替に困難を伴うと認識していたことから考えても、適正を欠いたといわざるをえず、それが業務上の支障発生につながったと評価せざるをえないから、これを時季変更権行使の根拠として重視するのは相当ではない。なお、人員配置自体は使用者の裁量に属するとしても、だからといって、その配置の不適正による結果までも労働者が受忍しなければならないものではないから、右の判断は人員配置の裁量性と何ら矛盾するものではない。
 (6) したがって、控訴人の指定どおりの年次有給休暇取得により被控訴人社の社会部の業務に全く支障が生じないわけではないが、その程度は、時季変更権行使を認めうるほどに大きかったとはいえず、本件における被控訴人(D部長)の時季変更権の行使は適法要件を欠いたものといわざるを得ない。