全 情 報

ID番号 04285
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 毎日新聞社事件
争点
事案概要  二カ月の短期労働契約を更新してきた場合につき、期間の定めのない契約とされた事例。
 法内残業につき、使用者において適宜指定することができる旨の就業規則の規定によっては、絶対的な効力は発生しないが、労働者がこれを拒否することが許されない場合があるとし、本件残業命令拒否を理由とする即時解雇を解雇権濫用にあたり無効とした事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法36条
労働基準法89条
民法1条3項
体系項目 労働時間(民事) / 法内残業 / 残業義務
解雇(民事) / 解雇事由 / 業務命令違反
解雇(民事) / 短期労働契約の更新拒否(雇止め)
裁判年月日 1968年3月22日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 昭和42年 (ヨ) 2382 
裁判結果 一部認容,一部却下
出典 労働民例集19巻2号408頁/時報520号79頁/タイムズ221号165頁
審級関係
評釈論文 安西愈・労働法令通信21巻23号22頁/窪田隼人・労働判例百選<第三版>〔別冊ジュリスト45号〕134頁/山本吉人・判例評論117号44頁/山本吉人・労働法学研究会報776号1頁/木村五郎・昭和43年度重要判例解説〔ジュリスト433号〕164頁/門田信男・季刊労働法70号52頁
判決理由 〔解雇-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
 被申請人会社においては、倉庫係、資料整理、新聞の荷作り発送等の単純な労働に常時学生アルバイトを使用してきたが、学生アルバイトの中には、年末繁忙の時等に一時的に雇傭される臨時学生アルバイトと、業務の繁閑に拘わらず、恒常的な仕事に恒常的に従事する通称長期学生アルバイトといわれるものの二種類があり、後者は、一応その雇傭期間を二ケ月と定めてあつたが、特別の事情がない限り、学生である限り更新を重ねて数年に及ぶものであつた。申請人は、昭和四〇年一二月から昭和四一年一月まで臨時学生アルバイトとして被申請人会社に勤務したことがあつたが、更に同年三月一〇日からは長期学生アルバイトとして雇傭され、期間は一応二ケ月と定めてあつたが、更新を重ねて昭和四二年六月一一日まで勤務していたものであつたことが疎明されている。
 とすると、名は学生アルバイトと称し、期間を二ケ月と区切つてあつても、申請人と被申請人間の雇傭契約の実体は、いわゆる期間の定めのない通常の雇傭契約であつて、一般の期間の定めのない雇傭契約と全く差異のないものであつたといわなければならない。
〔労働時間-法内残業-残業義務〕
 ところで、本件において、被申請人と学生アルバイトの労働組合との間に、時間外労働に関する協定のないことは前記判示のとおりであるが、労働基準法三六条は、一日八時間制の労働者に対して実働八時間以上の労働をさせる場合にのみ適用があるものであつて、申請人の如く一日六時間制の労働者に対し、一日実働八時間までの時間外労働をさせる場合には、いわゆる三六協定の存在は必要としないものと解する。しかして、労働者は、使用者に対し、労働契約によつて引き受けた時間を超える労働を提供すべき義務のないのが原則であり、使用者としては、労働者に一日実働八時間まで労働をさせようとする場合には、当該労働者と個々に時間外労働に関する契約をする必要がある。勿論この契約は、「時間外労働をする日時毎に個々的な契約として約することもできる。」し、或いは又、「一般的に、使用者が実働八時間までは時間外労働を命ずることができ、その日時は、使用者において適宜指定することができる。」旨を約することも可能であろう(使用者と労働組合との間で右のような協定を結ぶことも又可能である)。しかしながら、人間誰しも一日の行動計画ないし、生活設計を立ててそれに従つた行動をするのが通例であるから、時間外労働をすべき日時が何月何日とか毎週何曜日とかのように労働契約等で予め特定されている場合ならともかく、単に後者のような一般的概括的時間外労働に関する約束が存在しているに過ぎないような場合に、終業時刻真際になつて業務命令で時間外労働を命令し得るとなすときは、予め予定された労働者の行動計画ないし生活設計を破壊するような不利益の受認を労働者に強いる結果となることも考えられないでもなく、労働基準法第一五条の労働条件明示の規定の趣旨とも関連して、その業務命令に絶対的な効力を認めるとすることは妥当なものであるとはいい難いから、一般的概括的時間外労働に関する約束がある場合においても、労働者は一応使用者の時間外労働の業務命令を拒否する自由を持つているといわなければならない。但し、使用者が業務上緊急の必要から時間外労働を命じた場合で、労働者に就業時間後何等の予定がなく、時間外労働をしても、自己の生活に殆んど不利益を受けるような事由がないのに、時間外労働を拒否することは、いわゆる権利の濫用として許されない場合のあることは否定できない(労働契約で時間外労働の定めがないときは、災害その他避けることのできない事由によつて臨時の必要があると認められない限り、時間外労働の拒否が権利濫用となることはない。)
 本件において、学生アルバイトの就業規則であると認められる「学生アルバイト規定」によれば、「始業終業の時刻は原則として次のとおり定める。ただし職場の実情によつて変更することがある。」と規定し、その次にA、B、C、D、Eの各組に分けてその就業時刻が定められているけれども、この規定は単にA、B、C、D、E組の始業及び終業時刻及びその変更に関する定めであつて、時間外労働に関する定めであるとは速断できないのみならず、又この学生アルバイト規定そのものが申請人に手渡されていたかどうかも判然としないところであつて見れば、学生アルバイト規定から時間外労働の約束があつたと見るのは困難である。ところが、本件の雇傭契約は書面によつてなされているのであるが、その書面によれば時間外労働に関する文言は全然なく、結局時間外労働に関する約束は、口頭によつてなされたものであるかどうかということにかかつて来る。この点については、双方から提出された疎明書類によれば積極消極いずれとも認定し難いが、仮りに、一般的概括的な時間外労働に関する約束があつたとしても、権利の濫用とならない限り時間外労働の命令を拒否できることは前述のとおりであつて見れば、申請人の業務命令の拒否が直ちに不当なものであるとは断言できない。のみならず、申請人は学生で終業時刻後休養を取つて当日の学業に備える必要がある(昭和四二年六月一〇日は土曜日で休日ではない。)ことや、申請人の勤務時間は六時間であるといつても深夜勤務であるから昼間の八時間勤務にも匹敵するものであること、又新聞社にとつては、臨時のニユースを購読者に可及的速かに提供すること自体が本来的使命であり、しかも、臨時のニユースの頻度の高いことも、その主張自体から明らかである(被申請人の昭和四三年一月二二日付準備書面添付の別表参照)から、常に臨時のニユースに対応し得る執務態勢をしいて置くことこそが通常の状態でなければならないというべきである。従つて、中東動乱のニユースが緊急の事態である(それ自体通常の事態に外ならない。)からという理由で、申請人の時間外労働拒否が権利の濫用に該当するというには躊躇せざるを得ない。
〔解雇-解雇事由-業務命令違反〕
 とすると、申請人が、監督者の指示命令に従わないで時間外労働を拒否したことをもつて業務命令違反ないし職場の規律紊乱に該当するとして申請人との雇傭契約を解約したのは、何等の理由を伴わない解雇であるといわざるを得ないから、一応解雇権の濫用であると解せざるを得ない(前述のように本件は予告手当を提供しない即時の解雇であるから、予告解雇としては無効であり、懲戒解雇とすれば、その理由のないこと前述のとおりである。又解雇の意思表示後三〇日後に解雇の効力が生じたとすべきか問題であるが、右のように何等の理由のない解雇であるとすべき以上、普通解雇としても解雇権の濫用であるという外はない。)。