全 情 報

ID番号 04296
事件名 地位保全仮処分命令申請事件
いわゆる事件名 三朝電機製作所事件
争点
事案概要  従業員教育拒否を理由とする解雇につき、使用者には労働契約を根拠として労働者教育を行なう権利があるとされた事例。
 守秘義務違反を理由とする解雇につき、労働者には労働契約上の信義則により職務上の秘密を守る義務があるとされた事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 信義則上の義務・忠実義務
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 従業員教育の権利
解雇(民事) / 解雇事由 / 業務命令違反
解雇(民事) / 解雇事由 / 守秘義務違反
裁判年月日 1968年7月16日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和40年 (ヨ) 2103 
裁判結果 却下
出典 タイムズ226号127頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-従業員教育の権利〕
〔解雇-解雇事由-業務命令違反〕
 使用者は労働契約の範囲内で企業目的達成のため労働者を指揮してその労働力を使用する権利を有するから、この指揮命令権を効率的に行使すべく、班長等各部署の長たる労働者に対し部下の指導方法につき教育を行ない、またその労働力の向上をはかるため、労働者の担当業務につき技術上の教育を行なう権利を有し、労働者はかような教育を受講すべき旨の使用者の命令に従う義務を負う。
 債務者の実施した特別教育をみるに、〈証拠〉によれば、右特別教育においてA及びB両主任は従業員Cに対し、まず債務者ら工場幹部に全幅の信頼を寄せること、工場の発展のため青春をかけようという位の意気込をもつことを要求した上職場の具体的な問題の研究にはいつたことが疏明される。かように労働者に対し企業に忠実であることを求める精神教育は、もし行き過ぎれば労働者及び労働組合の使用者に対する対等独立の気風を妨げその骨抜きに至るおそれがあり、また工場幹部と一般従業員との一対一の対話による教育はテープレコーダーの使用を伴うときは勿論、これを伴なわない場合においてもかなりの精神的圧迫を受講者に加えるおそれがあるけれども、債務者が実施しようとした特別教育はその目的及び項目に徴し使用者の行使しうる前記権利の範囲内に属するといえるから、債権者は特別教育を受講すべき旨を命ぜられた以上これに従わなければならない。
 労働組合運動に従事する債権者が教育目的及びテープレコーダーの使用目的について疑義を抱き質問をすることは当然許されて然るべきである。しかし、債権者が昭和三八年一二月、昭和三九年一月一六日、同年二月一〇日の各特別教育においてとつた態度はかような範囲をこえ、当初から特別教育を否定する立場をとり教育担当者に反抗し続け特別教育の実施を妨げたのであるから、従業員として義務違反の責を免れない。
 債権者が同年二月一〇日職場において他の従業員注視の中で債務者を面罵した原因は、A主任がテープレコーダーに録音しながら債権者にその承諾を求めたため債権者の感情を刺戟したことにもあるといえるけれども、A主任と債権者との対立を止めにはいつた債務者を面罵することは八つ当りのそしりを免れず、従業員として企業秩序をみだす行為といわなければならない。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-信義則上の義務・忠実義務〕
〔解雇-解雇事由-守秘義務違反〕
 (8) 債権者が債務者から営業上の秘密として指定されたEMO61なる機種の製作に要する工数を洩らしたこと(2(8)の事実)は、信義則上労働者に要請される秘密保持の義務に違反し、しかも債務者はこのため安値受注を余儀なくされたのであるから、その情状はきわめて重大である。
 ところで〈証拠〉によれば、債務者は解雇の意思表示当時右非行をまだ覚知していなかつたことが疏明されるけれども、労働者の非行が解雇の意思表示以前に行なわれた以上、仮令右意思表示当時使用者がいまだこれを覚知していなくても後日これを解雇事由として主張することは妨げない。ただ右意思表示の動機として労働者の組合活動とその非行とが並存する場合いずれが決定的であつたかを判定するに当り、あるいはまた解雇の意思表示が権利の濫用に該当するか否かに関し、その意思表示の動機如何を判定するに当り、右意思表示当時使用者に判明していなかつた非行を除外すべきであるとの制約を蒙るにすぎない。しかるに本件において右意思表示の動機として不当労働行為意思が認められないことは前示のとおりであり、またその動機に関し秘密を洩らした非行を除外して考えても格別権利の濫用にわたると認められる点はないから、右非行を解雇事由の一として考慮するにつき右の制約は存しない。
 (9) このように債権者は前示のような非行を反覆し上司から注意を受けながら反省の色なく、なおも非行を重ねたのであるから、従業員数六〇名位の債務者経営の企業においては企業秩序維持上かような者を企業外に排除するのもまたやむを得ないこととして容認されるのである。解雇により債権者の蒙るべき不利益を考えても右結論を左右できない。
 債務者が解雇の意思表示を終えるまでの手続をみても、その意思表示が権利の濫用にわたると判定すべき根拠を見出し得ない。
 よつて右解雇の意思表示は権利の濫用とはいえない。