全 情 報

ID番号 04300
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 秋田相互銀行不当配転事件
争点
事案概要  一般に使用者は労働者が給付すべき労働の態様を決定する権限を有し、右権限の行使として業務上の理由に基づいて転勤を命ずるのであるが、それは無制約に許されるものとは解すべきでなく、右権限の行使はそれがもたらす結果のみならず、その行使の過程においても、労働関係上要請される信義則に照らし、合理的な制約に服すべきものであり、その制約は具体的事案において業務上の理由の程度と労働者の生活関係への影響の程度とを比較衡量して判断されなければならない。
 転勤命令によって受けた生活上の不利益は著しいものがあり、その発令の過程においても労働関係上要請される信義則に違反し、その程度は、使用者側に存する業務上の必要性の程度よりも著しく大きなもので、合理的制約を逸脱したものとして無効とし、さらに効力停止の仮処分を認めた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働組合法7条1号
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の限界
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の濫用
裁判年月日 1968年7月30日
裁判所名 秋田地
裁判形式 判決
事件番号 昭和42年 (ヨ) 35 
裁判結果 一部認容,一部却下
出典 労働民例集19巻4号859頁/時報530号22頁/タイムズ224号91頁
審級関係 控訴審/仙台高秋田支/昭45. 2.16/昭和43年(ネ)83号
評釈論文 沖野威・判例評論121号37頁/橋本敦・月刊労働問題129号106頁/山口浩一郎・判例タイムズ228号76頁/川口実・季刊労働法71号90頁
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の限界〕
 申請人Xについての予備的主張である公序良俗違反・人事権の濫用の主張について判断することとする。
 同申請人に対する本件勤務命令が不当労働行為とはいえないこと上叙のとおりであるが、そうであるからといつて直ちにそれが適法であるということにはならない。すなわち、一般に使用者は労働契約においてその勤務場所、具体的な職種が特定されておらない限り、契約の趣旨、目的に反しない限りにおいて労働者が給付すべき労働の態様を決定する権限を有し、右権限の行使として業務上の理由に基づいて労働者に転勤を命ずるのであるが、反面、転勤は労働者の生活関係に重大な影響を与えることがあることも亦事実である。そうであるから業務上の理由に基づく転勤命令であるからといつて無制約に許されるものとは解すべきではなく、右権限の行使はそれがもたらす結果のみならず、その行使の過程においても、労働関係上要請される信義則に照らし、当然に合理的な制約に服すべきものであり、その制約は具体的事案において業務上の理由の程度と労働者の生活関係への影響の程度とを比較衡量して判断されなければならないものである。
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の濫用〕
 これを本件についてみるに、証人Aの証言および申請人X本人尋問の結果を綜合すると、同申請人は本件勤務命令により新婚間もなくしての夫婦別居という生活関係での重大な影響を受けており、しかもその別居の結果同申請人夫婦はその収入および酒田・大館間の距離的関係から月平均二回位しか会うことができないことが疏明されるのであるから、右別居による二重生活のため蒙る精神的、経済的影響は特に著しいものといわざるをえない。これに対し、同申請人に対する業務上の必要性は前記のとおり一応認められるのであるが、これとて余人を以つて代え難い程度のものとは認められないのであるから、銀行としては右権限の行使の過程において、同申請人の同意を得る必要はないにしても、最初から当事者の意向を無視して一方的に経営目的を強行すべきではなく、同申請人の納得に努めるか、或は、同居可能な営業店へ夫婦を転勤させるように努力するなど、転勤によつて生ずる結婚生活自体に対する重大な影響を来すことのないよう特別な配慮を必要とし、その範囲内で相当な措置をとるべきである。しかるに、銀行はすでに認定したとおり過去において夫婦別居をともなう転勤につき別居解消のため特別の手段を講じた例がないというだけの理由で敢えて前記努力を怠り、しかも前記認定のとおり、同申請人が積極的に大館支店へ転任希望を有している間にはそれを容れずして、結婚が内定し、私生活上右希望がかえつて円満な家庭生活の建設に支障をきたす故をもつてそれを撤回した直後、過去において同支店への転勤を希望していたことを右理由に加えて本件命令に及んだことは、人事権行使の濫用であること明らかである。もつとも銀行の主張する共かせぎ夫婦についての情実防止、内部牽制なるものは、人事管理上経営者が考慮すべき重要な事項であることは否定しないけれども、職場結婚とそれに伴う共かせぎなる現象が一般化している現状に鑑みれば右管理上の問題は、特段の事情がない限り監督体制の強化、同一店内における職種の変更、同居可能な相近接する営業店への転勤などの措置をとることによつてもその目的を達することができるのであるから、単に右事項を理由として本件勤務命令を正当化することは許されない。
 以上説示したとおり、本件転勤命令について銀行側に一応業務上の必要性あることは肯定し得るが、それによつて右申請人が受けた生活上の不利益は著しいものがあり、且つ右権限行使の過程においても労働関係上要請される信義則に違背し、その程度は、銀行側に存する業務上の必要性の程度と比較しそれよりも著しく大きなものと認められるから、前記内在的合理的制約を逸脱したものとして無効といわなければならない。したがつて、この点に関する同申請人の主張は理由があるものと解するのが相当であり、この点に関する同申請人の主張は理由がある。