全 情 報

ID番号 04388
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 井笠鉄道事件
争点
事案概要  バス会社の妻子ある営業社員が女子従業員(バスガイド)と情交関係をもち妊娠させたことを理由とし諭旨解雇された事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 風紀紊乱
裁判年月日 1966年9月26日
裁判所名 岡山地
裁判形式 判決
事件番号 昭和39年 (ヨ) 308 
裁判結果 一部認容
出典 労働民例集17巻5号1223頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-風紀紊乱〕
 思うに、使用者は、雇傭契約にもとづき労働者から労務の給付を受け、これを収益する限りにおいて労働者に対し指揮命令する権利を有する。そして、この権利によつて労働者を企業秩序の中に位置づけ、もつて企業生産体を組織するのである。しかして、使用者の労働者に対する懲戒権とは、使用者の右指揮命令権を裏付けて企業秩序を維持し企業生産性の向上を図るため、命令の違反者に契約上の不利益を与え、もつて使用者の契約上の利益を確保する性格の所謂契約罰である。したがつて、その行使は右目的を達成するに足る必要にして最少限の範囲にとゞめられるべきである。特に、そのうちでも懲戒解雇処分は、労働者を企業体より終局的に排除する最も重い懲戒処分であり、ことに現下の労働事情においてはこれにより労働者の受ける苦痛は著しく重大であることを考えあわせると、これに処すことができるのは当該労働者を企業体から排除しなければならない程に重大な事由であつて、しかも排除しなければ企業秩序と企業生産の正常な運営が侵害されるおそれのある場合に、懲戒事由を限定するものと解すべきである。されば、前記就業規則(労働協約)の各条項の意味も右趣旨に則つて理解すべきであり、そのうえで右条項の適用が為されるべきである。
 まず、申請人の前記三記載の行為が「不行跡なる行為」あるいは「従業員の信用を失墜した」ものに、文言上該当することは明らかである。しかし、右行為は、申請人Xの勤務外の私生活上の行為であり、直接には被申請人の企業秩序を紊乱するものではないから、一見使用者の懲戒の対象となるべき企業秩序や企業生産の阻害とは無関係のように思われないではない。しかし、当事者に争いのない事実によれば、被申請人は、バスによる運送事業を営んでいる関係上多数の年若い女子従業員がおり、且つ、これらの女子従業員が男子運転手と一組になつて遠距離の運行に当り、宿泊することも多いという勤務形態にあるというのであるから、申請人の行為のようにたとえ業務外ではあつても、妻子のある男子従業員が未成年の女子従業員と享楽的な気持で婚姻外の情交を結ぶような風潮がおきたならば、それはいつ業務の場に持ちこまれないとも知れない状況となり、特に女子従業員にとつては職場は安心して働けない所となり、ひいては、被申請人の業務の正常な運営にも支障を来たすことになろう。したがつて、申請人の行為も私生活上の行為ではあるが、やはり被申請人の企業秩序をおびやかす性質をもつものというべきであるから、前記就業規則の条項所定の懲戒事由には該当しよう。
 そこで、次に、被申請人が申請人の前記行為に対する懲戒方式として就業規則第六九条(労働協約第二九条)所定の各懲戒方式のうちから諭旨解雇を選んで、それに付したことの適否を考えるに、諭旨解雇もまた法律観念的には懲戒解雇のうちに含まれるものであるから、その行使についても前記懲戒解雇の行使につき述べた法理に従つてなされるべきところ、申請人がこの種の行為を従前から公然とまた常習的にくりかえし、そのために被申請人から度々注意を受けていたような事情があるならばともかくとして、そのような事情もなく、前記のような被申請人の企業秩序が現実に侵害されたという疎明もないのであるから、前記行為をもつて申請人を企業秩序から排除しなければならない程に悪質な事由とすることはできない。(なお、成立に争いのない乙第三二号証の一および申請人本人尋問の結果によれば、申請人は結婚する以前においても一年半程女性と同棲していたことがうかゞわれるが、これは被申請人の企業秩序の維持と全く関係のないものというべく、本件においては斟酌する必要はないと思われる。)
 五 そうすると、申請人の前記三記載の行為は、就業規則第六七条二・四号、第六九条(労働協約第二七条第二・四号、第二九条)にいう懲戒事由には一応該当するとしても、解雇には値しないものというべきであり、したがつて、本件解雇は、就業規則および労働協約の適用を誤つたものとして無効である。