全 情 報

ID番号 04508
事件名 退職金請求控訴事件
いわゆる事件名 名村造船所事件
争点
事案概要  使用者が従業員をその部下工員の参集している朝礼の席上で痛罵し著しく名誉・信用を失墜させ、その結果その従業員が出勤し得ないような状態にし、無断欠勤を理由に懲戒解雇したことに対し、従業員が「使用者の都合による解雇」にあたるとして退職金を請求した事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
労働基準法3章
労働基準法89条1項3号の2
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務懈怠・欠勤
賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
裁判年月日 1952年7月31日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和26年 (ネ) 1202 
昭和26年 (ネ) 1211 
裁判結果 一部変更・棄却
出典 労働民例集3巻4号364頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務懈怠・欠勤〕
 昭和二十三年初頃は電力事情悪化して停電が多かつたため、被告会社においては原告の担当する旋盤は石油発動機を使用して運転する状態であつたが、右発動機の始動は容易でなく原告の努力にも拘らず円滑に行かなかつたところ、被告会社の取締役会長Aは別にその係員があつたのに拘らず右発動機の始動作業の不首尾を専ら原告のみの責任なりとして、同年一月二十九日被告会社の朝礼の席上多数の工員職員等の面前において、原告を列前に呼出して叱責し「技手とか職員とか云つてよくまともに歩いているな」或は「そのような無責任な者は職長でも技手でもない」等と原告を痛罵したので、原告は甚しく名誉信用を毀損せられたものとしてその場にいたたまらず即刻退去して自宅に引篭り翌日より被告会社に出勤し得なかつた事実を認めることができ、更に前掲各証拠に成立に争いない甲第二号乃至第四号証並に乙第二号証及び原審証人Bの証言を参酌すれば、原告は被告会社に入社して以来既に工員として七年十ケ月、技手に昇進して七年六ケ月合計十五年四ケ月間を誠実に勤続した者であつて、前示の如く自己の部下工員その他女事務員等多数の面前において痛罵せられたため部下へのしめしもつかなくなり、罷めよと云われるよりもつらいと無念がつていたが、その後同年十月頃に至り原告は生活に困窮し「昭和二十三年一月被告会社を退社」との履歴書を作成提出してC会社に勤務することとなつた事実、並に被告会社の会長である前記Aは従業員に対し時に極めて過酷であつて、従来も再び出勤し得ないが如き態度を示しこれがため退職するの已むなきに至つた従業員の事例がある事実を窺い得るのであるが、右認定に反する原審証人D同E及び当審証人Fの各証言部分は信用しないから、以上の各事実によつて見れば、何人にても通常かかる場合に当つては著しく名誉信用を失墜せられ人格を毀損せられてその勤務を継続し得ないこと当然であつて、前記Aは原告をして再び出勤し得ずして退職するの已むなきに立至らしめたものと云うべく、結局被告会社がその都合により昭和二十三年一月末を以て原告を解雇した場合と認定するを相当とする。尤も、甲第七号証の一、二によれば原告は同年二月分の給料を受領している如くであるが、当時施行せられている労働基準法第二十条第一項により使用者が三十日の予告なくして労働者を解雇せんとするときは三十日分以上の平均賃料を支払うことを要すのであるから、右二月分の受領は何等前記認定を左右するものでない。又乙第二号証(履歴書)には昭和二十三年一月家事の都合により退社との記載があるが、前掲原告本人訊問の結果に徴すれば原告がC会社に就職の便宜上作成提出したのに過ぎないことを推察できるのであるから、右記載を以て原告が被告会社より解雇せられたとの前記認定を覆えす資料とはなし難い。尚原告代理人は、その後被告会社より原告居住の社宅明渡を請求して解雇の意思表示をし原告においては昭和二十五年六月二十二日被告到達の本訴状を以てこれを承諾したから原被告間の雇傭契約は同日限り合意解除せられた旨主張するが、前記認定に照し右主張は認容できない。
 被告代理人は、原告の右退職は原告の責に帰する理由によるものであつて自己の便宜により退職したのであるのみならず、その後被告会社より原告に対し再三出勤勧告をしたが応じなかつたため昭和二十三年五月十一日被告会社は原告の無断欠勤を理由とし懲戒解雇をしたと主張するが、前段認定の各事実によれば、原告の右退職はその責に帰する理由によるものでなく、却つて被告会社側の不当行為により原告をして出勤し得ない状態に陥し入れたこと明かであつて、前記認定の日時に原告を解雇したものと見るべきであるから、その後に至り被告会社より出勤勧告を試み且つ無断欠勤を理由として原告に対し懲戒解雇の意思表示をしたとしても、何等の効力をも生ずるものでない。
〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 被告会社には職員退職手当規程があつて当時退職職員に対してはこの規程に基き退職金が支給せられていたが、右規程に従えば満五年以上十年未満誠実に勤続した者を会社の都合により解雇したときは、退職当時の基本給料に勤続年数の二、五倍を乗じた金額を退職金として職員退職後遅滞なく支給し、勤続期間の計算は職員雇入の月より起算し勤続期間一年未満の端数は月数を以て計算すると定められていること明かであるが、原告は上来説明の如く右に所謂被告会社の都合により解雇せられたものと認むべきであつて、昭和十五年八月一日職員となり同二十三年一月末の前記解雇に至る迄七年六ケ月間誠実に勤続していたのであるから、被告会社は原告に対し右規程に従い退職金を支払うべき義務あるものと云わなければならない。