全 情 報

ID番号 04517
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 富士川製紙事件
争点
事案概要  不良製品防止のための会社の指示に従わず職場離脱等があったとして解雇された労働者がその効力停止の仮処分を申請した事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
労働基準法89条1項3号
労働基準法20条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒解雇の普通解雇への転換・関係
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
解雇(民事) / 解雇の承認・失効
裁判年月日 1953年5月7日
裁判所名 静岡地
裁判形式 判決
事件番号 昭和27年 (ヨ) 126 
昭和27年 (ヨ) 129 
裁判結果 認容
出典 労働民例集4巻3号31頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒解雇の普通解雇への転換・関係〕
 申請人等はいずれも本件解雇は解雇をなすべき正当の事由がなく無効のものであると主張し、被申請人会社は申請人X1、同X2、同X3はいずれも同会社の就業規則第七十四条第四号に申請人X4は同条第三号及び第四号に申請人X5は同条第四号及び第五号に夫々規定せられた懲戒解雇事由に該当する行為があり従つて本来懲戒解雇に附さるべきものであるが、特に申請人等の利益を考慮して予告手当を支給して形式上通常解雇の形式を取つたものであるが本件解雇はいずれも懲戒解雇として正当事由ありと主張するので申請人等が果して右懲戒解雇事由に該当する者であるか否かにつき判断する。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 「職務上の指示命令」とは同第七十三条第三号記載の「勤務怠慢」又は「屡々規則に違反し」又は「会社の風紀秩序を紊した」場合に減給に処する旨の懲戒限度と対比してみれば前者は情状の重き個別的命令違反を指すものと解すべきところ前記課長事務室の入室禁止は年頭の訓示たる性質より推考すれば特段の事情のない限り右訓示は各製造部課長に対する個別的な指示命令とは到底解し難く寧ろ昭和二十七年度に於ては課長の職にあるものは須らく現場に於て陣頭指揮をなすべきことを要望したる趣旨と解するを相当とする。従つて申請人X1に於て仮令不必要に休憩時間以外右訓示に反し課長事務室に入室したとしても同規則第七十三条第三号に該当するか否かは別として少くとも右第七十四条第四号違反として同人を懲戒解雇に処すということは酷に失するものと言わなければならない。仮りに第七十三条第三号違反行為であつてもこれを反覆累行する場合は第七十四条第四号に該当すると主張する趣旨としても同条第十号は明らかに「数回懲戒訓戒を受けたにも拘らず尚改悛の見込なき」とき始めてその情状を考慮して懲戒解雇をなし得る旨を定めているのであるからかかる場合少くとも上司に於て申請人X1に対し戒告を加えた後でなければならないものと解せられる。然るにこの点につき被申請人会社の全疏明資料を以つても戒告を加へたことを認めるに足る疎明はない。次に証人Aの証言によりその成立の認められる乙第四号証並びに同証人の証言を綜合すればX1は紙の固り穴検査表作成資料である日報を検査表作成開始の昭和二十七年二月以降四月中旬迄提出しなかつたことを窺い得られるがこれ又如何なる上司より何日その検査表作成資料たる日報の提出方を命ぜられたかの点についてはこれを認むるに足る何等の疎明なく、尚かゝる継続的業務であるに拘らずX1に対する上司の忠告又は戒告の点につきこれを認めるに足る疎明がなく却つて申請人X1本人尋問の結果によると被申請人会社はむしろ同人に対し提出方を促さず之を放置していたことを推認することができる。然りとすれば申請人X1については被申請人会社の主張するような懲戒解雇事由はないものと断ぜざるを得ない。
〔解雇-解雇の承認・失効〕
 次に被申請人会社は本件解雇が仮令理由のないものとしても申請人等は既に夫々予告手当離職票を受領し、更に申請人X1は金三万四千四百円余の退職手当を受領して夫々解雇を承認しているから本件仮処分申請の理由はないと主張するのでこの点につき考究するに、証人Bの証言に徴すれば申請人等がいずれも予告手当、離職票を受領したことは認められるが、予告手当の支給は労働基準法第二十条本文に定める解雇をなすに際して賃金の支給を止められる労働者の明日よりの生活保護の為定められた有効要件の一つに過ぎず他の原因により無効となつた解雇を有効ならしめる効力はなく又同条の趣旨よりして予告手当の受領又は離職票の受領自体が労働契約の解約の合意の意思表示であるとか或はこれに伴う紛争について出訴権を放棄する意思表示であるとは到底解し難い。次に申請人X1につき退職金受領したとの点につき判断を進めれば少くとも異議なく退職金を受領する行為は退職届を提出した場合は勿論、提出しない場合に於ても解雇に伴う紛争を清算する意思を推認せしめる行為と解するのが相当である。ところで証人Aの証言によりその成立の認められる乙第七号証の二、証人Cの証言によりその成立の認められる乙第八号証の一、申請人X1本人訊問の結果を綜合すればX1は解雇を云渡された昭和二十七年六月三日被申請人会社常務取締役並びに社長より会社の都合により解雇する旨告げられ、同時に辞表を出すべき旨をすすめられたがその理由が納得出来ない旨を告げて拒絶し其の後一週間程してX1に送られた離職票の離職事由欄に「一身上の都合による」旨記載してあつたので稲葉は事由が異る故訂正されたい旨を手紙により申し送つたところ、約一ケ月位経て離職事由欄には「自己の責に帰すべき重大な事由による」ものとして送附されたこと、被申請人会社経理課員Aが解雇を通告された右六月三日に解雇手当等と共に退職金金三万四千四百七十六円を書留配達証明付郵便にてX1宛送附したこと、右書留郵便はX1の留守中その家族が受領してそのまゝ返送されなかつたことが認められる。右認定に反する証人Dの証言(前記措信部分を除く)は措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。然りとすれば申請人X1は解雇を通告された右六月三日明らかに退職金の受領を拒んで居つたものであり更に退職金の郵送を受けて積極的に返送の挙には出なかつたが、解雇事由の訂正を求めることにより尚円満退職を拒絶したことが認められ更にその後に於て被申請人会社側に於てX1の解雇事由として自己の責に帰すべき事由を明示したことは会社に於てもX1が円満退職を拒絶していることを了知していたものと認めざるを得ない。従つて仮令X1に於て郵送せられた退職金を進んで返還しなかつたとしても前記の通り解雇の効力を争う意思が表明されている以上その事実を以つてX1が本件解雇を承認したものと認め合意による解約があつたもの又は本件解雇に伴う紛争を終結する意思表示があつたものとは到底認め難い。従つて申請人等に対する被申請人会社の前記主張はいずれも維持し難い。