全 情 報

ID番号 04537
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 読売新聞社事件
争点
事案概要  見習社員として働いていた労働者が結核のため健康上社員として不適格であるとして解雇されたためその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法20条
労働基準法89条1項3号
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 病気
解雇(民事) / 解雇事由 / 経歴詐称
裁判年月日 1956年9月14日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和30年 (ヨ) 4777 
裁判結果 一部認容,却下
出典 労働民例集7巻5号851頁/時報93号21頁/新聞21号12頁
審級関係
評釈論文 季刊労働法33号130頁/労働経済判例速報224号17頁
判決理由 〔解雇-解雇事由-病気〕
 使用者が前記のように就業規則に解雇基準を設けた場合は、その具体的該当事実が何であるかの問題はともかくとして、何らかの解雇理由がなければ解雇しない趣旨に使用者自ら解雇権を制限したものと解すべきであるから、これに該当する事実がなければ、有効に解雇をなし得ないわけであり、従つて本件解雇の意思表示は、就業規則の適用を誤つたもので、無効である。
 もつとも被申請人会社としては、右就業規則に「やむを得ない会社の都合によるとき」とあるのは、客観的に疾患のある場合に限らず、疾患を疑うに足る合理的根拠があつて社員として不適格と判定すべき相当の理由ある場合をも含むと主張するようである。そしてレントゲン写真撮影の結果により結核性疾患の有無を適確に診断することは、初期においては困難であり、特にこれを診断する医者の主観によつて結論が左右される虞があること及び新聞記者は、一般企業のそれに比して激務に服さなければならないことは推察されるところである。従つて、被申請人会社としては、従業員の健康状態の判断については、第一次的に指定医である読売診療所の診断の結果に依拠するのは当然であると考える。しかし、かりに同診療所の診断の示すとおり、申請人の肺尖部に疑わしい点があり、かつ鎖骨下に陰影があり、これをもつて医学上結核性疾患が存在するかまたは非活動性結核病巣があり、社員として勤務すれば、活動性の病巣に転化する虞が十分あるものと判断するのが相当であつて申請人が社員として不適格と判定すべき合理的根拠があるとしても、以下に述べるところの理由により、このような事由は就業規則所定の「やむを得ない会社の都合によるとき」に当らないものというべきである。すなわち就業規則によれば、従業員の健康状態に特に留意し、疾病者若しくは身体虚弱者の身分の取扱について詳細な規定を設けている。たとえば、被申請人会社は、会社の指定する医師が行う健康診断に合格した者でなければ雇入れないこととし(第九十八条)、一方従業員の健康増進に必要な施設の充実につとめ(第百七条)、一年に一回以上会社の費用で従業員の健康診断を行い(第百八条)、病気に罹り身体虚弱で保護を必要とする者または健康診断の結果必要と認めた者等を健康要保護者として就業の場所または業務の転換、労働時間の短縮その他従業員の健康保持に必要な措置をとることができ(第百九条)、結核等伝染性疾患の患者等を就業させないことができ(第百十条)、また結核性疾患等疾病による欠勤が一定期間以上に及ぶ者に対しては、期間を定めて休職を命ずることができることになつている(第百条第一号)。これらの規定の存在と就業規則に解雇事由が詳細に規定してあるのにかかわらず(第百三条、第百四条、第百三十二条)、疾病を理由に解雇し得る旨を明記した規定のない事実を綜合して考察すれば、就業規則は、疾病に罹りまたは罹る虞のある従業員に対し、前記のように配置転換、就業禁止、休職等の措置をとることができるが、これらの措置を構じないで、これを理由に直ちに解雇することを許さない趣旨であると解するのが相当であるからである。
〔解雇-解雇事由-経歴詐称〕
 被申請人は、申請人が重要な経歴を詐称して雇用されたことは、就業規則第百三十二条第七号にいう「不正な方法を用いて、雇入れられたとき」に該当し、懲戒解雇に処しうる場合であるが、特に申請人の将来を考慮し、同規則第百三条第三号の「やむを得ない会社の都合によるとき」に当るものとして、本件解雇の意思表示をしたと主張する。そして、就業規則に被申請人主張のような解雇基準の存することは、疎明により認められるところであり、懲戒解雇は、それ以外の解雇に比して労働者にとつて不利であるから、労働者が不正な方法を用いて雇入れられた場合、これを懲戒解雇に処することなく、同号にいう「やむを得ない会社の都合によるとき」に当るものとして、解雇することは許容されるものと解する。ところで、右にいう「不正な方法を用いて雇入れられたとき」とは、対人的信頼関係を基調として結ばれる雇用契約において、労働者側に契約上の義務を誠実かつ完全に履行し得ないような事情があるのにかかわらず、故意にこの事実を秘して雇用されたような場合、すなわち、労働力の源泉である対人的評価に当つて、社会通念上重要視される事項を詐称して雇用された場合で、しかもその詐称の程度が甚しい場合をいうものと解するのが相当である。これに反し、右の評価と何ら関係のない事項を詐称して雇用された場合または詐称の程度が軽微であつて、右の評価を著しく誤らしめる虞のない場合を含む趣旨と解することはできない。
 さて、被申請人会社が左翼的思想の持主を雇用しない方針であることは、疎明により認められるところであり、また新聞記者の有する思想信条は、記事の選択ないし報道に敏感に反映するものであるから、その有する思想信条がその職務の遂行に重大な関係があることは多言を要するまでもない。しかるに、前認定の事実に徴すれば、申請人は、少くとも共産主義者の同調者であるのにもかかわらず、この事実を秘して、被申請人会社に雇用されたものといわなければならない。