全 情 報

ID番号 04578
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 高輪タクシー事件
争点
事案概要  タクシー運転手が営業車のタイヤ二本およびキャブレター一個を取りはずし実兄のそれと取りかえたことを理由として懲戒解雇されたことにつきその効力を争うとともに「一定額の退職金を支払われれば退職する」との申入れについても条件が成就せず合意解約は成立していないとして争った事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法528条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務上の不正行為
退職 / 合意解約
裁判年月日 1962年1月18日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 昭和34年 (ヨ) 3411 
裁判結果 認容
出典 労働民例集13巻1号22頁
審級関係
評釈論文 石川吉右衛門・ジュリスト288号150頁
判決理由 〔退職-合意解約〕
 申請人らはAと一緒にB営業部長方をたずね、Aを通じ同人に対し「社長から会社を辞めろといわれたが、C会社なみの退職金一〇〇、〇〇〇円をくれるならやめてもよい。」旨条件付退職の申入をしたこと、Bは、これよりさきAから同月二六日、岩舟橋の喫茶店で、「会社から四〇、〇〇〇円貸してもらいたい。借りられないときは退職して闇タクをする」、「ほかにも辞めたいといつている運転手がいるが、それは申請人X1、同X2、同X3及びX4である」旨を告げられた際Aには退職を思い止まるよう述べ、又申請人X1らにはAから退職を思い止まるよう話して欲しいと依頼しておつた事情もあつて、当日も極力申請人らの退職の意思を飜すよう説得したが、申請人らは右申入を撤回しそうにもないので、やむなく「折をみて社長に話すからそれまで家で待機していてくれ」と答えたこと、ところが、たまたま同月二八日社長及びBは、会社従業員のDから、申請人らが会社の車のタイヤを他の車のそれととりかえたことを聞き知り、翌二九日、会社従業員E、Fからも事情を聞いて申請人らが懲戒解雇事由に当る行為をなしているものと判断し、その数日後に、会社で、申請人らに対し、口頭で懲戒解雇事由があるからやめてもらいたいと述べたが、申請人らに書面の交付を要求されたため更に申請人らの処置につき種種協議した結果申請人らを懲戒解雇に付した場合申請人らの被るであろう対内的対外的不利益を慮つて、懲戒解雇を排け予告手当を支払つてやめてもらうことに決めたが、申請人らに対しては、退職の申入もあることとて、右申入を承諾するという形式をとることとし同年一一月四日に至つて、会社名義で申請人らに対し「昭和三四年一〇月二七日に申出がありました貴方の退職願出を承諾します追而十一月分給料を一一月六日午後一時に支払いますから退職届及び健康保険証を持参して来社下さい」と記載した書面を送付し、右書面は同年一一月五日、申請人らに到達したことがそれぞれ疎明され、証人Bの証言(第一、二回)、申請人ら各本人及び会社代表者本人の各尋問の結果中右認定に反する部分は、たやすく措信し難い。他に右認定を左右するに足る疎明資料はない。右の事実によれば会社の前記承諾書による退職の申入を承諾する旨の意思表示は、退職の条件につき何ら顧慮せずになされたものであるから、退職の申入を拒絶したものとみなされる。したがつて右承諾の意思表示によつては、会社主張のように合意解除が成立する筋合はないといわねばならない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 前記就業規則第五四条には懲戒は譴責、減給、乗務停止、出勤停止、降給降職及び懲戒解雇とする旨を、第五五条に譴責事由、第五六条に減給事由、第五七条に乗務停止又は出勤停止事由、第五八条に降給又は降職事由、第五九条に懲戒解雇事由を規定し、又第六〇条に「懲戒に該当する者と雖も違反事項が軽微であるときは懲戒を免じ訓戒に止め或は事案の情状特に憫諒すべきものあるときは酌量して其処分を減軽し又は期限を付してその執行を猶予することがある」旨を定めていることに徴すると、会社が第五九条の規定を適用して従業員を解雇し終局的にこれを企業から排除することを許されるのは、従業員に単に懲戒解雇事由に該当する行為があつたというだけでは足らず、企業の運営維持の上から見て、社会観念に照し、当該従業員を企業から終局的に排除するを相当と認めるに足る程度にその行為の情の重い場合でなければならない趣旨である。つまり第五九条に特に情状の重いものを懲戒解雇に処する旨明定していなくとも、情状重いものを懲戒解雇に、そうでないものをその情に従い順次軽い処分に付する趣旨である。そうして、会社が就業規則に解雇事由を規定している場合は、会社は右解雇事由がなければ、従業員を解雇し得ないものと解するから、解雇を相当とする事由がないのになされた解雇は、就業規則の適用を誤つた解雇としてその効力がないというべきである。そこで本件についてこれを見るに、申請人X1に就業規則第五九条第七号に該当する行為があつたこと右の通りであり、その行為は会社の営業用車の車体に関するものであるから、事業の性質上不測の事故を惹起せしめる虞がある行為として、非難に値するものであるが、さきに認定したとおり、申請人X1は資金に窮し出来心から前記の行為に及んだものであり、それが横領に該当するとはいえ、悪質且つ重大な事犯ではなく、他の申請人らの注意により自己の非を悟り直ちに横領品を返還し会社に財産上の損害を与えていないこと、申請人X1の右行為により別段事故を惹起したり或は会社の業務に支障を来したとの疎明のないことなどをかれこれ綜合すると、右の行為が形式的に就業規則第五九条第七号に該当するからといつて、直ちに解雇に処する程情の重いものと見ることは相当でない。これを要するに、会社が解雇以外の懲戒処分を問題にしないで、申請人X1を懲戒解雇該当事由があることを理由として、解雇することは、就業規則の解釈上許されないものといわねばならない。