全 情 報

ID番号 04582
事件名 解雇無効確認等請求事件
いわゆる事件名 日鉄鉱業事件
争点
事案概要  職場における抗議集会に際してなされた鉱員の入坑命令違反および就業時間違反等を理由としてなされた二名の従業員に対する懲戒解雇および懲戒処分(出勤停止)の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続
懲戒・懲戒解雇 / 処分無効確認の訴え等
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の限界
裁判年月日 1962年2月23日
裁判所名 福岡地飯塚支
裁判形式 判決
事件番号 昭和33年 (ワ) 160 
裁判結果 一部認容・一部棄却
出典 労働民例集13巻1号127頁
審級関係
評釈論文 加藤俊平・ジュリスト289号302頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の限界〕
 就業規則第九十七条には懲戒に譴責、減給、出勤停止及び懲戒解雇の四種類を定め、第九十九条に出勤停止に処すべき事由を列挙し、但し情状によつては譴責又は減給に止めることがあるものとし、第百条に懲戒解雇に処すべき事由を列挙し、但し情状により出勤停止又は減給に止めることがある旨をそれぞれ規定している。そして原告等が就業規則第百条第四号、第十号及び第十三号に該当するという理由で懲戒解雇の通告をうけたことは当事者間に争がないところ、第百条第四号は「他人に対し暴行、脅迫を加え又はその業務を妨害したとき」、第十号は「法令又は会社所定の規則に違反しその情重いもの」第十三号は「前条に該当しその情が重いとき」と定められている。
 以上の事実より勘案すれば、右規定の趣旨は、労働者に懲戒事由に該当する行為があつてもそれが客観的にみて情状酌量すべきを相当とするものであるかぎりは軽い処分に付すべき拘束を会社に負わしめたもの、換言すれば労働者の非行に対する懲戒処分は情状の軽重に比例し順次段階的に重い懲戒方法をとるべき客観的制約が会社に課せられているものと解すべきである。ことに懲戒解雇は終局的に労働者を会社から放逐するものであるという点において他の懲戒処分とは異質の重大な処分であつて、しかも労働者からその生活の基盤を奪うのみでなく、今日の労資関係よりみればその後における労働者の就職にも極めて悪影響を及ぼすことは必至であり、労働者にとつてはいわば死刑の宣告にも比すべきものである。従つて懲戒解雇が有効であるがためには単に懲戒規定に列挙された懲戒事由に該当する行為があつたというのみでは足らず、それが労働者と会社との間の雇傭契約上の信頼関係を破壊し、到底これを維持することができないほど悪質且つ重大であると認められる場合をのぞき、懲戒解雇は許されず、この程度に達しない事実を促えて直ちに懲戒解雇に付することはできないものというべきである。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 原告Xの前認定の所為中、訴外A係長の入坑の指示命令に反した点及び就業時間を遵守しなかつた点は就業規則第三条及び第十二条に違反し同第九十九条第二号に該当し、被告会社に損害を与えた点は同第九十九条第九号に、その余の所為は同第九十九条第一号及び第五号、に該当し、従つて原告Xは懲戒処分をうけてもやむを得ないものと解せられるが、同規則第百条第十号、第十三号の「情が重いもの」として懲戒解雇に該当するほど悪質且つ重大な非行であると認定することはできない。すなわち原告Xに対する解雇通知書(成立に争のない乙第五号証の二)には「重大な就業規則違反」によつて懲戒解雇に処する旨が記載されているのみで「情の重い」事由は何等明示されていないところ、被告の主張によれば原告Xが五月十六日事件の主謀的中心人物であつて積極的煽動行為があつたことを理由とするもののごとくであるが、五月十六日事件の発生の端緒となつた五月十五日における支部委員会において原告Xが主謀者としての役割を果したことを確認するに足る証拠はなく、同原告は他の組合委員とともに五月十六日の抗議集会を開催する決定に参加したにすぎないこと、同日における原告Xの言動は多少積極的な面がみられるが特に同事件を決定的に指導したとは考えられないこと、同日発言したものの中には原告Xばかりでなく他の組合委員もあるにもかかわらず、なんら処分をうけていない者の多いこと等彼此綜合して考察するときは昭和二十一年以来十有余年にわたつて勤続し、家族をかかえて鉱員として生活してきた原告糸洲を懲戒解雇に付さなければ従業員の統制上とくに不都合をきたすほど重大な事由があつたと認めることはできない。同原告に対してはこの際就業規則所定の、より低次の懲戒処分を選択し、その反省を促がせば足りたものと判断される。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕
 前掲乙第一号証によれば懲戒処分は所長が賞罰委員会に諮つて行う旨が就業規則第九十六条に定められ、さらに成立に争のない甲第二号証の一によると鉱員賞罰委員会規則は、鉱員の賞罰に関しては会社側と労組側との双方の委員をもつて構成された賞罰委員会(支部及び中央の各賞罰委員会が置かれている。)において審議裁定した上で行うことが定められている。而して懲戒解雇について考えればこの規則は労働者にとつて重大な不利益をもたらす解雇に関し労働組合が労働者の利益のために使用者に資料を提供し、かつ意見を述べて使用者の意思決定に参与する機会を保障し、もつて労働者の地位と利益とを守ることを目的とするものであるから賞罰委員会において審議の対象とならなかつた事由をもつて懲戒解雇に付することは許されないものといわなければならない。換言すれば規則に反して審議されなかつた事項が解雇事由として附加されてもそのことをもつて直ちに当然解雇の無効をきたすことはないけれども、解雇の効力が争われた場合には解雇事由とせられているもののうち賞罰委員会における審議の本来の対象とせられなかつた事由はこれを排斥し、ただ賞罰委員会の審議の対象となつた事項のみについて当該解雇の効力の有無について判断すべきものである。そして懲戒処分の種類程度の判定につき情状として考慮された事由が懲戒の直接対象とされた事由と同様に懲戒の種類程度の決定に重大な影響力を持つ場合のあることを考えると、前記の見解は情状として考慮された事由が当該労働者に不利益なものである以上、これについても妥当すると解すべきである。しかるところ、前掲乙第五号証の二によれば懲戒の対象となつたのは五月十六日事件における原告Xの行動のみであり、それ以外の事実は情状として考慮されたにすぎないことは被告の自認するところであるから、被告主張の情状に関する事由がたとえ客観的にも存在し被告会社がこれを主観的にも認識して原告Xを懲戒解雇処分にしたとしても、これが賞罰委員会に正式に付議されていない以上、本件懲戒解雇の有効無効を判定するにあたつて考慮に入れることはできないものといわなければならない。
〔懲戒・懲戒解雇-処分無効確認の訴え等〕
 なお出勤停止処分の無効を確認するについての利益の存否について考えるのに、さきに認定した出勤停止処分が無効であるに拘らず、処分がなされたものとして存続するときは、会社と労働者との間の現在の雇傭契約関係における労働者の地位待遇等に有形無形の不利なる影響を及ぼすことは必至であるところ、これらの不利益の排除を求めるについての利益は法の保護に値する利益であるというべく、而してこれらの処分が無効であることを確認することによつてこれらの不利益は除去せられると考うべきであるから、確認の利益があるといわなければならない。