全 情 報

ID番号 04600
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 呉羽紡績事件
争点
事案概要  大阪本社総務部に勤務する労働者が名古屋支店勤務を命ずる配転命令を受け、それが不当労働行為にあたるとして、同一の使用者の大阪本社に勤務する妻とともに、仮に大阪本社勤務社員として扱うように求める仮処分を申請した事例。
参照法条 労働基準法2章
労働組合法7条1号
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の限界
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の濫用
配転・出向・転籍・派遣 / 配転・出向・転籍・派遣と争訟
裁判年月日 1962年8月10日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 昭和34年 (ヨ) 1612 
裁判結果 却下
出典 労働民例集13巻4号898頁
審級関係
評釈論文 横井芳弘・労働経済旬報541号20頁/本多淳亮・季刊労働法47号87頁
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-配転・出向・転籍・派遣と争訟〕
 X1は本件において仮処分申請の当事者として、会社はX2を大阪本社の従業員として取扱わねばならない旨の仮処分命令を求めているのであるが、次の理由によりX1は本件仮処分申請の当事者適格を有しないものと判断する。すなわち、右仮処分申請はX2に対する前記転勤命令が無効であると主張してこれを前提として、X2の本社従業員たる地位を仮に定める趣旨の、いわゆる仮の地位を定める仮処分を求めるものであることは、その主張に徴し明らかであるところ、仮の地位を定める仮処分は一の形成処分であるから、形成されるべき権利ないし法律関係の当事者の間においてのみ形成されうるものである。
〔中略〕形成処分は形成さるべき法律関係の当事者間になされてはじめてその効力を生じうるものであることは、たとへば、雇傭関係は、雇傭の当事者間に雇傭契約が締結されて始めて、発生し、また、雇傭の一方当事者から他の当事者に解除の意思表示がなされて始めて、消滅の効果が生ずるのと同様なのである。以上説示のとおりであるから、X1は本件仮処分申請の当事者適格を有せず、したがつてX1の本件仮処分申請は不適法としてこれを却下するほかない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 労働協約第一八条には「会社が組合員を転勤、転部又は出向させるときは、本人の事情を充分考慮する」、就業規則第八条には「会社は事務の都合により必要があるときは、転勤、応援又は転務替を命ずることがある。但し、転勤、転部又は出向については、本人の事情を充分考慮する」との定めのあることは争いのないところ、右条項の立言の仕方並に証人Aの証言を併せ考えると、右条項の趣旨は、これを転勤についていえば、会社は経営上の必要があれば、職員に転勤を命じうる旨会社の転勤命令権(人事権)を明らかにすると同時に転勤を発令するに当つては本人の個人的な事情も無視することなく充分配慮してやるという極く当然の事柄を表わしたもの、いいかえると、転勤命令権は会社が専有するが会社はこれを正当に行使すべく、濫用してはならない旨の当然の事理を表明したものであると解せられる。したがつて、転勤に当つて本人の個人的な事情をどの程度考慮すべきかは、結局、会社の経営上の必要の度合との相関関係において、それが人事権の濫用にならないかを社会通念にしたがつて判断することに帰着するといわねばならない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の限界〕
 本件転勤命令が人事権の濫用になる程、X2の個人的な事情についての配慮を欠いた措置であつたかどうかを考へてみる。〔中略〕申請人らは共稼ぎをしている以上右の程度の別居並にこれにともなう精神的・経済的苦痛は社会通念に照しこれを忍ばねばならないと解するのが相当である。なるほど夫婦は互に同居の権利義務のあることはいうまでもないが(民法第七五二条)、右法条は共稼ぎの夫婦の一方の転勤など相当の理由により一時同居ができなくなつた場合にまで同居請求権の行使を許容し、同居義務の履行を要求しているものとは解せられないから、本件転勤の結果同居義務に違反せざるを得ない、いいかえると、本件転勤命令が右法条の同居の権利を侵害したということはできないこともちろんである。
 以上のとおりであるから本件転勤命令は人事権の濫用になるほど本人の個人的な事情を無視した措置であると認めることはできない。尤も、本件転勤当時喜久枝が妊娠中であり、そのことを会社が知つていたことは争いのないところであり、また申請人はX1が出産(出産児死亡)の際、独りであつたため甚しく不便を感じた旨主張しているが、妻の妊娠が夫に対する転勤発令を不当ならしめる理由になるとは社会通念上解しがたいしまた出産の際人手が足らなければ親類・縁者の助けを依頼するなり他人を雇うなりしてこれに備えるのが社会常識であるから出産時の人手不足による苦痛を本件転勤の所為にすることはできない。
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の濫用〕
 X2は昭和三二年以降は組合役職から離れ、X2を中心とするグループの勢力はすでに衰え、したがつて執行部と意見を異にし、かつ、これに批判的なX2の諸活動もすでに組合(大阪支部)一般に対する影響力は弱いものとなつていたし、X1についても右と同様であつたこと、本件転勤発令当時においてX2らの組合内部における勢力が近い将来再度隆盛になるであろうと思われるような特段の事情を認めるに足る疎明もなく、またX2が組合執行部を離れて後の組合がいわゆる御用組合と化したと認めるに足る資料も存しないこと並びに本件転勤命令を発令するに当つてはすでに見てきたように会社に経営上の必要が存し、かつ、右転勤による申請人らの別居が社会通念上忍ばねばならない程度のものであること等を彼此考え合すと、会社が申請人らの組合活動を嫌悪していたとはいえ、この事ないし右組合活動を排除することが本件転勤発令の重要な動機になつていたと認めることは到底できない。してみると本件転勤命令が不当労働行為であるという申請人の主張も採用の限りでない。