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ID番号 04669
事件名 仮処分控訴事件
いわゆる事件名 川崎製鉄事件
争点
事案概要  「新制高等学校二年中退」を「新制中学卒業」と経歴を詐称したとして懲戒解雇された者がその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 経歴詐称
裁判年月日 1957年10月8日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和30年 (ネ) 724 
裁判結果 取消・却下
出典 労働民例集8巻5号699頁/時報136号31頁/労経速報259号2頁
審級関係 一審/05352/神戸地/昭30. 6. 3/昭和30年(ヨ)90号
評釈論文 労働経済旬報395号15頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-経歴詐称〕
 被控訴人が昭和二六年五月九日控訴会社に雇傭せられ、起重機係、鋳物工として勤務していたこと、被控訴人が右雇傭に際し、履歴書に最終学歴をA新制高等学校二年中退と記載すべきをB新制中学校卒業と記載したこと、控訴会社は昭和三〇年二月一三日被控訴人に対し、右前歴詐称を理由に、控訴会社就業規則第一〇六条第一四号に基き解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
 〔中略〕
 被控訴人の右前歴詐称が控訴会社の就業規則に該当するかどうかについて按ずるに、労働関係は労使の継続的結合関係であり労使双方の信頼と誠意によつて成立し、維持せらるべきものであるから、使用者が労働者を雇傭する場合には、当該労働者の知能、教育程度、経験、技能、性格、健康等につき全人格的判断をし、これに基いて採否を決定し、採用の暁は、賃金、職種その他の労働条件を決定するのである。従つて、使用者が労働者の経歴を熟知することは採否のためのみでなく、労働条件の決定、企業秩序の維持、業務の完全な遂行のため必要欠くべからざるものであるところ、成立に争いのない乙第四号証と原審における被控訴人の本人訊問の結果(第一回)によると、被控訴人は右雇傭当時満十八才に過ぎなかつたことが、疏明せられるから、同人の最終学歴の如何は、経歴中特に知能、教育程度を判断する上に極めて重要なものと認むべく、原審並びに当審証人C、当審証人Dの各証言、右Dの証言によりその成立を疏明し得る乙第九号証を綜合すると、経歴詐称者をそのまま企業内に放置するときは他の労働者にも悪影響を及ぼし、企業秩序を破壊するのみならず、多数の入社希望者に対し不公平な取扱いをしたこととなり、これ等の者や外部に対する控訴会社の信用にも多大の影響を及ぼす結果、控訴会社においては従来かかる前歴詐称者を常に解雇或は諭旨退職せしめていること、控訴会社においては新制中学卒業者は工場限りの採用で、その決定は各工場長に委されているに対し、新制高等学校卒業者以上は本社人事課で採用し、新制高等学校中退者は将来職員として採用されることもあるので、工員として採用する場合でも人事課で処理することになつていることが疏明せられるので、被控訴人の前歴詐称は労使双方の信頼関係、企業秩序維持、企業の外部に対する信用等に重大な影響を与えるものとして右就業規則第一〇六条第一四号に該当するものと言うべく、このことは学歴が低く詐称された場合も同様であると解しなければならない。
 被控訴人は、仮に右経歴詐称が懲戒事由に該当するとしても、その情状は極めて軽微であるから控訴会社は情状を酌量すべきに拘らず被控訴人が共産党員であるとの風説があることと、昭和二九年五月頃から映画サークルを作り文化活動をしていたことのために、殊更被控訴人を解雇したのであるから権利の濫用であると主張するが、当審証人Dの証言とE高等学校長に対する調査嘱託の結果によると、被控訴人はE高等学校在学中、昭和二四年同校自治会費約二万五千円を使い込み、このため第二学年中途退学の止むなきに立至つたことが疏明せられ又成立に争いのない乙第五号証の一、二、三、同第一〇号証、前記乙第九号証に原審並びに当審証人F、同C、同Gの各証言を綜合すると、被控訴人は右雇傭後他の工員との間に意思の疏通を欠き、職場内も円滑を欠いていた上、勤務成績も悪く、無届欠勤も昭和二七年中二六回、同二八年中一九回、同二九年中七回に達していること、控訴会社においては、経歴詐称が発見された場合、雇傭後五、六年経過していても、又現在の地位の如何に拘らず解雇していること、控訴会社の労働組合においても、被控訴人からの苦情処理の申出により事実の有無を調査した結果、本件解雇も止むを得ないとしたが、唯被控訴人の将来を考え依願退職とするよう控訴会社と交渉しようとしたが、被控訴人においてこれに同調しなかつたため、組合としてこれを取上げなかつたことが疏明せられ、被控訴人主張のような事情から殊更本件解雇が行われたことは、この点に関する原審における被控訴人の本人訊問の結果(第一、二回)は措信し難く他にこれを疏明し得る証拠がないから被控訴人の右主張は採用できない。
 すると控訴会社のした本件解雇は有効であり、被控訴人と控訴人との雇傭関係は既に終了しているから、右解雇の無効であることを前提とし、右解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分を求める被控訴人の本件申請は、その余の仮処分理由の有無を判断するまでもなく不適法として却下すべきである。