全 情 報

ID番号 04672
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 永大産業事件
争点
事案概要  輸出合板の製造会社で雇用されていた労働者が会社の就業時間外に鉄工所の仕事に従事したことにつき、就業規則の「許可なく会社以外の業務についたとき」にあたるとして懲戒解雇された事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 二重就職・競業避止
裁判年月日 1957年11月13日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 昭和31年 (ヨ) 2726 
裁判結果 却下
出典 労働民例集8巻6号807頁/時報138号30頁/労経速報268号2頁/ジユリスト146号91頁/新聞86号13頁
審級関係
評釈論文 季刊労働法28号145頁/日労研資料418号8頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-二重就職・競業避止〕
 被申請人会社の就業規則第十条は「従業員は会社の許可がなく会社以外の業務についてはならない」旨規定し、同規則第七十八条第十一号前段が右第十条違反を懲戒解雇の事由として規定したものであることは明らかである。ところで、右就業規則にいう「許可がなく会社以外の業務についたとき」とは、労働日における就業時間内は勿論、その就業時間外の場合をも規制の対象とするものであるが、就業時間内の場合は、欠勤、遅刻、早退又は職務怠慢等の面から規律しうるし、(就業規則第七十七条第三号、第五号、第七十八条第三号、第四号参照)、又その面からの規律によつて殆んど事態に対処しうるから、右就業規則は寧ろ主として就業時間外の場合を規制する点に重点がおかれていると思われる。
 そこで、就業時間外に亘つてかかる就業規則を設ける根拠並びにその効力について検討してみよう。元来使用者が労働基準法の定める一日八時間一週四十八時間の標準労働時間制に従い労働契約を結ぶ場合、従業員は労働契約を通じて一日のうち一定の限られた時間のみ労務に服し、その就業時間外は一般に労働者の自由とされている。かかる労働時間の制限短縮は、労働者の労働力の早期消耗を防ぎ労働者が人たるに値する、健康にして文化的な生活を営むための必要を充たすためであるから、労働者はその自由なる時間を労働力の再生産として休養のため将又種々の社会的経済的文化的需要を充たすために使用することができるものといわなければならない。従つて、例えば従業員は低賃金による家計の苦しさを補助するためにその自由なる時間を利用して家庭内である程度の内職仕事に携わることもできるであろう。この意味において、労働者の自由なる時間は第一義的には労働者のためにある。しかし乍ら、労働者がその自由なる時間を精神的肉体的疲労回復のため適度な休養に用いることは、次の労働日における誠実な労務提供並びに安全衛生に関する事故防止のための基礎的条件をなすものであるから、使用者としても労働者の自由な時間の利用について利害関心をもたざるをえないのである。すでに従業員たる地位にある者がその自由なる時間を利用の自由性に任せて他と継続的雇用関係に入り、例えば一日八時間ないしそれ以上の拘束労働に服することになると、その疲労度は加速度的に累積し、従業員たる地位において要請される誠実な労務の提供は遂には殆んど不可能となるであろうし、安全衛生上の事故の発生、これに伴う使用者側の損害並に各種補償義務負担等の危険性が著しく増大することが当然に予想される。従つて、労働者がすでに従業員である以上、その自由なる時間において他と継続的な雇用関係に入ることは、それ自体従業員たる地位と相容れない結果を伴うものということができる。前記就業規則はこのような理由から設けられているものと解せられるのであつて、就業時間外における「会社以外の業務」とは、家計補助のためになされる内職程度の仕事をも含むものではなく、他と継続的な雇用関係に入ることを指す趣旨に解するのが相当であると同時に、就業時間外の他への就業が企業経営に及ぼす叙上の如き影響を考慮すれば、使用者が企業経営秩序の維持上、就業規則において従業員に対しかかる行為を禁止しこれに違反するものを懲戒処分の対象となしうるものといわなければならない。
 〔中略〕
 次に申請人のA会社への就業がその情重い場合に該当して懲戒解雇に値するか、それとも内職程度のものに過ぎないかどうかにつき考察するに、
 (一) 申請人が被申請人会社の保安要員として会社の保安業務に従事していたものであることは前記認定のとおりであり、〔中略〕(保安業務規程)によれば、保安要員は職場規律保持の第一線に従事する重責を荷うものであり(特に同規程第二条、第五条、第四十六条ないし第五十一条参照)、このため保安要員は自ら不正不都合の行為をなしたときは一般従業員より罪一等を重く処断されることになつていること(同規程第十七条(6)号)が認められ、しかも、〔中略〕申請人は右業務規程を充分承認の上勤務していたものであることが認められる。そして、かような職掌にある申請人が就業規則に違背することは一般従業員に比しその情は重いものといわなければならない。
 (二) 〔中略〕申請人はA会社へ「B」という偽名を用いて雑役工として本雇用され、昭和三十一年三月二日から同年四月二十三日までの間において二十九日間就業したこと、右就労状況は会社の昼夜勤務の日を除き殆んど連日にわたり、それも会社勤務時間の終了に引続き概ね午前八時ないし九時から午後五時ないし六時まで、遅いときは九時までも勤務し、グレーン捲き及び雑役業務に従事していたもので一日の休息時間は極めて僅かであつたこと、申請人は前記のとおり保安要員としてその間二十四時間勤務の日が十日を算え、その他はすべて十二時間勤務の夜勤であつて、ただでさえその疲労度が高いのに右A会社への就労により、その疲労度は加速度的に累積して右就労の結果は会社の就労に当然差支えを及ぼす程度のものであつたことが推認できる。このことは申請人本人が、結局右A会社への就労をやめたのは体が続かないと考えたからである旨供述しているところからも窺えるところである。
 (三) 成立に争のない乙第六号証(保安日誌)及び前掲証人Cの証言によれば、申請人がA会社に就労するようになつた後である昭和三十一年三月六日被申請人会社の総務次長Cは当時社内に盗難事故があつたので申請人を含む保安要員全員を会議室に集め盗難予防、場内出入者の取締りの厳正等各員が積極的に勤務するようにとの訓戒を与えた事実が認められるから、申請人のその後のA会社への就労は右の注意を無視して続けられたものと認めざるを得ない。
 (四) 前掲証人Cの証言によれば、申請人は昭和二十五年十月D株式会社をレッドパーヂにより解雇されたものであるところ、これを秘し、その当時原籍地で農業に従事していた旨被申請人会社へ提出の履歴書に記載し、その経歴を詐称して被申請人会社に入社したもので(以上の事実は当事者間に争がないところである)、右の事実が発覚した昭和三十年十月頃申請人は被申請人会社のC総務次長から将来真面目に勤務するならば右経歴詐称の問題は一応預つておく旨を告げられたことが認められる。
 (五) 翻えつて、申請人がA会社に就労するに至つた動機等、A会社への就労を恕すべきような特別に切迫した事情等についてはこれを認める疎明資料は存しない。
 以上認定の申請人の職掌、就労の状況、その程度その他の諸事情一切を総合すれば、申請人のA会社への就業は単なる内職程度のものとは質を異にし会社の企業秩序を乱すものであるとともに、その情においても重く、酌量の余地のないものと認められるから、申請人の右A会社への就労行為は就業規則第七十八条第十一号前段に該当するものといわなければならない。
 以上の次第で、本件懲戒解雇は有効であつて申請人はすでに会社の従業員ではない。