全 情 報

ID番号 04690
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 近畿車輌事件
争点
事案概要  ハッカーで吊り上げた自重二〇トンの車輌の下で作業をしていた従業員が車体が落下したことによってこうむった損害につき使用者に対し賠償を求めた事例。
参照法条 民法709条
民法715条
労働基準法84条2項
体系項目 労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 慰謝料
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 1959年7月27日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 昭和33年 (ヨ) 1027 
裁判結果 認容
出典 労働民例集10巻4号761頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 本件の如く、自重二〇トンの車体をハッカーで吊上げ、その下部で作業するにあたつては、従業員としては車体落下の危険防止のため、万全の措置をとるべき注意義務あることは、いうまでもないところであり、本件では、前認定の如く、車体の動揺とハッカーのつめかけ方が不完全であつたことが、事故発生の一因とみられる以上右ハッカーを車体受にかけた他の従業員は勿論、これを検認すべき現場責任者Aに右注意義務違背の過失あるものというべく、また車体吊上げによる孔明工事を知りながら、車体内で器具取付工事を進め、車体の動揺を生ぜしめ他の従業員、ならびにこれを放置し制止しなかつた右A等責任者も、右同様過失あるを免れ難く、従つて会社は、これら従業員の過失に基く本件事故につき、使用者としてその責に任じなければならないのは、当然である(会社が右従業員の選任、監督について過失がなかつたとの点は、適確な主張もなければ、その疏明もない。)
 また他方、本件車体の製造工事のごとく、これに従事する労働者の身体生命にとつて危険な事故の発生する恐の多い工事については、企業者たる会社において、各種装置の設営操作並びに作業工程の編成実施につき、作業員の身体生命の安全確保と危険防止のため万全の注意を払うべき義務を有することはいうまでもない。ところで本件についてこれを見るに、上心皿孔明工事は前記の如く二〇トンの重量を有する車体の下部で作業に当らせるものであるから、会社としては作業時の車体の固定方法につき落下防止のため深甚な注意を払わなければならないものというべきである。しかして、会社では本件事故の以前から本件車体と同様車体幅のせまいものについては本件同様の方式による吊上装置を用いて車体を吊上げ作業員をその下部にもぐりこませて上心皿孔明工事に従事させていたものであるが(この点は証人Bの証言によつて認められる)、前認定のように、車体の動揺・振動、樫詰木の材質・強度、厚み、ハッカーのつめのかかり具合等の条件如何によつては、ハッカーのはずれる恐れが決して少なくないのであるから、会社としては、本件の如き装置、操作方法、作業方式を採用すること自体に、前記注意義務違背の過失あるを免れ難いものといわなければならない。即ち、本件の如く、ハッカーを使用するにしてもハッカーの両脚をワイヤーで結着することによつてハッカーが外方に開くことを防止するとか、(床下機器の位置との関係で一定の限度はあるにしても)ハッカーのつめの高さをできるだけ大きくすることによりつめのかかり具合を完全にするとか、或いは、詰木の材質・厚み・大きさ等について改善を加え緩衝効果を高めるための方法を講ずる等落下事故防止のためなお一段の安全確保の措置をとる余地が十分にあつたものといわねばならない。更に、証人Cの証言で窺われるごとく、床下機器取付関係の工事は車体をトロッコに乗せレール上に固定し、地面を掘起した部分で作業に当らせ、ハッカー等を用いて車体を吊上げる必要がなかつたのであるから、右床下機器取付の段階で、本件孔明工事を行わせるという作業順序をとるならば、(証人B、Aの証言によると本件事故発生後は、かかる順序がとられていることが認められる)、少くともハッカー使用による落下事故発生の恐れは完全に防止し得たわけであり、以上何れの点よりするも、会社は本件事故による申請人負傷の結果について、本段冒頭説示の注意義務を怠つた過失の責を負うべきものと断ぜざるを得ない。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-慰謝料〕
 しかしながら一方において申請人が本件事故に関して所轄労働基準監督署から労災保険法に基く保険給付として休業補償費一三三、九六四円、障害補償費三一〇、三五七円を受領していることは当事者間に争いがない。ところで、労基法八四条二項によれば、災害補償の対象となつた損害と民法上の損害賠償の対象となる損害とが同質同一である場合には、民法上の損害賠償責任を問うに際しては災害補償をなした限度で賠償者は民法上の損害賠償義務を免れるものであるが、この理は、災害補償が、本件のごとく労災保険法に基く保険給付の形式で行われた場合についてもそのままあてはまるこというまでもない。しかして、前記休業補償費並びに障害補償費は本件事故により休業のやむなきに至つた結果得べかりし経済的利益を失つたことの損害を顛補するものであるから、該金員は前記認定の損害額中から控除すべきものであることは疑を容れない。よつて申請人は、会社に対し少くとも金一、五五五、七九九円の支払を一時に求めうる損害賠償請求権を有するものというべきである。