全 情 報

ID番号 04835
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 井宝鉱業事件
争点
事案概要  職歴詐称を理由とする鉱員に対する懲戒解雇が有効とされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 経歴詐称
裁判年月日 1961年5月22日
裁判所名 福岡地田川支
裁判形式 判決
事件番号 昭和35年 (ヨ) 27 
裁判結果 却下
出典 労働民例集12巻3号457頁
審級関係
評釈論文 平岡一実・ジュリスト265号176頁/林迪広・法政研究30巻1号89頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-経歴詐称〕
 二、申請人は昭和一三年一月九日現役入隊のため右A炭鉱を退職し、その後昭和一四年三月一五日除隊と同時に同鉱発破係として再就職し、なお同年八月一五日右B鉱業所A炭鉱が申請外C鉱業株式会社によつて買収されたゝめ同会社A炭鉱として引き継がれたが、申請人はそのまゝ就労し昭和一六年一〇月二三日右A炭鉱の代務者となり、次で昭和一八年四月一日同会社職員に登用され、昭和二四年四月同鉱職員組合の執行部委員となり更に副組合長に就任し、昭和二五年一二月九日事業都合により退職すると同時に右副組合長をも退任し、その後昭和二六年一月から昭和二七年七月までの間D市E区F町においてE鉄線工場を経営していたものであつて、申請人は以上の経歴を有しているのにかゝわらず昭和一三年一月現役入隊のためB鉱業所A炭鉱を退職し、昭和二〇年七月申請外G炭鉱の掘進夫として就職したが、昭和二九年一一月同鉱閉山のため退職したものであると全く事実に合致しない記載をし、且つD市E区F町においてE鉄線工場を経営していた事実を記載しなかつたことをそれぞれ一応認めることができ、右事実のほか、申請本人尋問の結果(第一回)によつてその成立が認められる疏甲第三、四号証、申請本人尋問の結果(第一回)の一部を綜合すると、申請人は昭和二五年一二月九日C鉱業株式会社A炭鉱を退職して以来適当な職場がないので転々とこれを変え漸くその日の糊口を凌いでいたのであるが、昭和三四年五月頃友人である申請外H、同Iの勧めを受けて被申請会社に就職し生活の安定を得ようと考え、同人等とも相談のうえ申請人が従前職員に登用されていたこと及び右A炭鉱退職時における事情を秘して被申請会社から自己に有利な評価を期待し、申請人の経歴中最も長期間にわたり且つ重要な部分を占めるC鉱業株式会社A炭鉱時代の職歴を全然記載しないで前記のとおり他の炭鉱に坑員として雇傭されていた旨の詐りの履歴書を提出し、その経歴を詐称するにいたつたことが疏明され、申請本人尋問の結果(第一回)中右認定に反する部分は信用することができないし、他にこの認定を覆えすに足る証拠はない。
 しかして証人J、同K、同Lの各証言、ならびに申請本人尋問の結果(第一回)を綜合すると、被申請会社は当時申請人のような坑員を採用するにあたり他に照会する等の方法をもつてその経歴の調査をしていなかつたことが窺われないでもないが、そのことの故に直ちに右各証人、申請本人が供述するように被申請会社が右経歴を重要視していなかつたものであると認めることができず、かえつて申請本人尋問の結果(第一回)によつてその成立が認められる疏甲第六号証、証人M、同Nの各証言を綜合すると、被申請会社においては坑員四〇〇名位のうちその五分の一に及ぶ八〇名位の者が毎月退職し、これに伴い右と同数の坑員を雇入れていたゝめ、個別的にその経歴を前記のような方法で調査することができず、専ら労働者たる坑員の提出する履歴書の記載内容を信頼しこれに基き採否ならびに採用後における職種、賃金その他の労働条件を決定していたことが疏明される。そうすると労働者たる申請人においても使用者たる被申請会社から履歴書の提出を求められたときは、労働力の源泉である全人格的価値判断を誤らせないため正確に自己の経歴を記載することが必要であつて、かりそめにもその経歴を隠秘しまたは事実に反する記載をなすことは信義則上許されないものというべきであり、更に就業規則第七九条第七号にいわゆる「重要な経歴」には労働者採用の可否を決するような経歴のみならず、職種、賃金その他の重要な労働条件を決定する基準としての経歴をも含むものと解するのが相当であるから、申請人の経歴詐称は右就業規則第七九条第七号に該当するものといわなければならない。