全 情 報

ID番号 05065
事件名 休業補償費の不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 淡路労基署長(上田建設)事件
争点
事案概要  「棟上げ式」の餅まきの行事に参加し何者かに押されて転倒した建設会社の社員の負傷につき業務上の負傷に当るか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法75条
労働者災害補償保険法12条の8
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務遂行性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 会社行事(宴会、運動会、棟上げ式等)
裁判年月日 1983年8月29日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 昭和55年 (行ウ) 12 
裁判結果 棄却
出典 労働判例416号49頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務遂行性〕
 (一) 労基法は、労働者の業務上の災害(労働災害)については事業主に無過失責任を負わせ(同法七五条ないし七七条、七九条及び八〇条)、他方、事業主の右無過失責任につき、労災法は、政府と使用者との間に保険関係を成立させ、業務上の事由による労働者の災害に対し、政府が使用者に代わって保険給付をすることにより、その補償を行う制度を採用している(同法一二条の八第二項、労基法八四条一項)。
 従って、労災法一条に規定する「業務上の事由による傷病(災害)」と労基法七五条以下に規定する「業務上の災害」との意義ないし要件は同一であると解される。
 (二) そして、こうした現行の労働者災害補償制度の趣旨、目的、その他労基法施行規則三五条の規定などを考え合わせれば、右の業務上の事由による労働者の災害とは、その災害が労働者の業務の遂行中に発生したものであって、かつ、その業務と災害との間に相当因果関係が存在すること、すなわち、災害の発生に業務遂行性と業務起因性とが認められることを要するものと解するのが相当である。そして、その災害が業務上の災害といえるかどうかの判断は、右業務遂行性と業務起因性との相関関係において行われるべきものである。
 (三) そして、右の意味における業務遂行性が認められるためには、労働者が労働関係に基づく使用者の指揮命令ないし支配下に置かれていることを前提とするものであるから、私用外出中の災害、業務遂行途上のものとはいえない私的行為中の災害又は業務遂行途上の行為であっても業務とは何ら必然的又は合理的関係のない行為による災害は、業務遂行性を有するものとはいえない。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-会社行事(宴会、運動会、棟上げ式等)〕
 (二) 以上認定、説示したところによれば、Aが棟上げ前日に原告ら従業員に対してした、B方棟上げ作業に従事するようにとの指示は、雇用従属関係を前提とする指示であり、原告は、棟上げ当日も雇用主であるAの支配管理下において棟上げ作業に従事したものと認めるのが相当である。
 (三) なお、被告は、Aが従業員に対して当日分の賃金を支払うことを考えておらず、現に、当日の賃金は支払われていないこと及び当日、AらはBに清酒を贈り、他方、Bは原告らに祝儀を贈っていることを理由に、本件棟上げの手伝いは慣習による同僚間の友誼的な手伝いである旨主張する。
 しかし、業務性を判断するに際しては、あくまでも、当該行為の客観的な外形を基準とすべきものであるから、一方の当事者であるAが本件災害当時、本件棟上げについてどのような認識を有していたかということによって、直ちに本件棟上げ作業の業務性が左右されるものではない。
 また、原告を含むA建設の従業員が、本件棟上げ作業についての賃金を受取っていないことは当事者間に争いがないが、前述した事実関係によれば、これは、A個人の判断によったものであり、Bの方では、むしろ当初は、当日分の賃金を支払う意思があったことが認められるから、これをもって業務遂行性を否定する根拠とすることはできない。
 次に、棟上げ当日、A及び原告を含む従業員がB方に清酒を贈り、BがAらに祝儀を贈っていることからすると、本件棟上げ作業への参加に儀礼的な要素が含まれていたことは否定できないが、B証言及びC証言を総合すれば、Bは、本件棟上げ作業に参加した親戚及び近隣の知人に対してはこうした祝儀を贈っておらず、他に祝儀を贈っているのはCなどの職人に対してだけであることが認められるので、B自身も親戚等と原告らA建設の従業員とを区別して扱っていたことが明らかである。
 よって、右の贈答の事実をもって、原告らA建設従業員の本件棟上げ作業の業務性を否定すべき事由とすることはできない。
 (四) 従って、本件における棟上げ作業は業務に該当するものというべきである。
 〔中略〕
 (二) 右認定事実に、前述のとおり棟上げ作業が業務性を有していることを合わせ考えると、本件において、餅まきの準備及び後片付けは、本来の業務に付随するものとして、なお、業務性を有するものと認めるのが相当である。
 〔中略〕
 (二) 右認定事実によれば、本件災害は、業務である餅まきの準備行為と後片付けとの間の業務が中断した手待ち時間中に発生したものではあるが、業務とは関係のない餅拾いという原告の私的行為によって発生したものというべきである。
 (三) ところで、原告は、淡路島における慣習に照らす限りは、こうした餅拾い行為は、棟上げ作業と関連がある必要かつ合理的な行為とみるべきである旨主張する。
 しかし、前記認定のとおり餅まきは棟上げが終ったあとで行われる祝賀行事であって、餅拾いをするかどうかは、あくまでも各人が自由に決定すべきことがらであり、原告本人尋問の結果によれば、原告もA建設の作業としてこれまでに何度も棟上げ作業に従事してきたが、その際の餅まき行事には、そのときの気持ち次第で参加したり参加しなかったりしたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。更に、本件全証拠によっても、本件棟上げに際し、Aが原告を含む全従業員に対して餅拾いに必ず参加するようにとの業務命令を発したことを認めるに足りる証拠はない。
 従って、これらの各事実に照らせば、餅拾いの行為をもって、棟上げ作業という業務そのものを遂行するために必要な行為又は業務遂行途上における合理的な行為とみることはできないから、原告の右主張は採用できない。
 (四) また、原告は、本件災害は、多数の群集が餅拾いのためにB方に集まってくるという危険な状況の下で発生したものであるから、施設の状況に起因するものとして、業務起因性が認められるべきである旨主張する。
 ところで、前記(一)記載の各証拠((一)で信用しない証拠を除く)によれば、餅拾い、とりわけ、餅まきの最初に行われる隅餅及び天餅については、群集がこれを拾おうとして特定の場所に集中するために衝突などの危険性は認められるものの本件では、原告が自らの自由意思で餅拾いに参加したものであり、しかも、原告は、これまでにも何度も棟上げ作業の際の餅まき行事に参加し、こうした危険は十分承知していたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
 そうすると、本件災害は、原告が自ら危険の中に身を置いた結果発生したものであって、使用者が指定し、又は、業務の遂行上使用が必要とされる施設の不完全なことに起因して発生した災害であるということはできないから、原告の右主張は採用できない。
 (五) 以上のとおりであるから、本件災害については、業務遂行性も業務起因性も認めることはできない。