全 情 報

ID番号 05076
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 札幌労基署長事件
争点
事案概要  基礎疾病として高血圧症を有する運送会社従業員の脳出血による死亡につき、業務上の死亡に当るか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法79条
労働者災害補償保険法7条1項
労働者災害補償保険法16条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1984年5月15日
裁判所名 札幌高
裁判形式 判決
事件番号 昭和55年 (行コ) 5 
裁判結果 認容
出典 タイムズ533号204頁/労働判例433号58頁/労経速報1218号3頁
審級関係 一審/05046/札幌地/昭55. 7. 4/昭和53年(行ウ)13号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 二 労災保険法一二条の八第二項による労災保険法上の保険給付を請求しうるためには、同項で援用される労働基準法七九条、八〇条の規定により「業務上死亡」したことが要件とされるが、ここに業務上死亡したとは、労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、右負傷又は疾病と業務との間に相当因果関係のあることが必要であり、その負傷又は疾病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならない。〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 本件発症当日の訴外人の労務がそれまで訴外人が日常的に繰り返し従事してきたものに比して、量的にも、質的にも過重であったということは認められない。もっとも、当日、訴外人がA会社に出向していたところ、午後三時頃集荷車が到着したが、通常は運転手と助手が集荷にくるのに、当日は助手が休務したため、運転手のBが一人で荷物の積込みに従事することになったので、訴外人においても前記認定のとおり右Bに多少の助力をしたものであるが、その助力の程度もさしたるものでないのであって、このこと故に、普段と異なり、当日、訴外人が過大な負担を負い、そのために、精神的、肉体的緊張等を特に増大させたということはできない。また、訴外人は、A会社から午後四時頃訴外会社札幌支店発送ターミナルに戻った後、荷物の取降しと送り先方面別の仕訳作業に従事して約一時間足らずの午後五時一〇分頃、本件発症に至ったものであって、この労務も訴外人がこれまで平常業務として繰り返し従事してきたものであって、当日のみに、格別特異なものではない。もっとも、当日は、札幌市の午後三時現在の気温が二七・一度(なお、湿度は六四パーセントである。)で、特に集荷車の中は外気温に比して数度高いという状態であったため、訴外人が右気温のため、当日の労務により多少の疲労を覚えたであろうことは否定できないとしても、当日以外に、昭和四九年八月上旬にあって、より高温の日も相当あったのであるから、右暑さ(なお、湿度六四パーセントは湿気としてさして高いものでないことは経験則上明らかである。)の故に、訴外人に極度の精神的、肉体的緊張等があったということもできない。
 要するに、本件発症当時、訴外人に疲労の蓄積があった形跡はなく、また、本件発症当日の業務が日常のそれに比し、質的、量的に著しく過重であったということもできない。
 (三) 更に、(証拠略)によると、本態性高血圧症を基礎疾患として有する者は、平常時と異なる著しい精神的な緊張、興奮等が誘因となって脳出血を起こすことがあるが、反面、かかる誘因がないのに、平常時においても脳出血を起こすことがままあること、その誘因に関し、急激な温度の変化は別としても、高温は脳出血を起こす要因ではないこと、過激な労働は別としても、通常の労働、とくに日常的に行なっている労働によって血圧が著しく上昇することはないこと、訴外人は本態性高血圧症の疾患を有するところ、網膜、心臓等全身にわたって動脈硬化がみられるなど長期間、高血圧症が持続し、増悪していたことが各認められ、加えて、前記(二)認定のとおり、訴外人はかねてより高血圧症の疾患を有していたにもかかわらず、長年にわたってその治療を受けないままこれを放置していたのであり、これが訴外人の症状を一段と悪化させた可能性があるところ、これらの事実と、前記(二)認定の事実を併せ考えれば、訴外人の本件発症は、訴外人の長年にわたる高血圧症の病的素地の自然的推移の過程において、偶々、業務遂行中発生したものであって、同人の業務に起因するものではないと認めるのが相当である(なお、訴外会社が訴外人の精密検査の結果を関係医療機関に対し調査、確認しなかったことは訴外会社の訴外人に対する健康管理が徹底していないとのそしりを免れないでもないが、そもそも訴外人がその検査結果を意図的に訴外会社に告知しなかったという事情があるので、その健康管理の不徹底もさして著しいものではないので、この点を本件発症の業務起因性を基礎づける要素とすることはできない。)。