全 情 報

ID番号 05087
事件名 裁決取消、休業障害(補償)給付不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 王子労基署長事件
争点
事案概要  印刷会社において業務上負傷した労働者が、そこから支払われた賃金に基づいて平均賃金を算定されたのに対して、当時製本会社とも雇用関係がありそこで支払われた賃金をも含めて平均賃金を算定すべきであるとして争った事例。
参照法条 労働者災害補償保険法8条
労働基準法12条
体系項目 労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 給付基礎日額、平均賃金
裁判年月日 1985年12月26日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和59年 (行コ) 54 
裁判結果 棄却(上告)
出典 訟務月報32巻9号2116頁/労働判例489号8頁
審級関係 上告審/05094/最高三小/昭61.12.16/昭和61年(行ツ)72号
評釈論文 高須要子・民事研修358号34~40頁1987年1月
判決理由 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-給付基礎日額、平均賃金〕
 労基法一二条の「平均賃金」について考えるに、同条一項は、「この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。」と規定しているところ、労基法は、右の「平均賃金」を、労働者を解雇する場合の予告に代わる手当(二〇条)、使用者の責に帰すべき休業の場合に支払われる休業手当(二六条)、年次有給休暇の日について支払われる賃金(三九条四項)、労働者が業務上負傷しもしくは疾病にかかり、又は死亡した場合の災害補償(七六条ないし八二条)、減給の制裁の制限額(九一条)等を算定するための共通の基準としているのであり、このような点に鑑みると、前記の「支払われた賃金の総額」とは、右各支給事由等の発生した事業場の使用者からその労働者に支払われた賃金の総額をいうものであり、労基法一二条の「平均賃金」はこのような賃金に基づいて算定されるべきものと解される。これを労災法上の休業補償給付及び障害補償給付についていえば、その算定基礎となる給付基礎日額(平均賃金)は、右各給付の支給事由の発生した事業場の使用者から被災労働者に支払われた賃金に基づいて算定されるべきことになる。
 (三) しかるところ、控訴人は、労災法ないし労災保険制度は事業主の個人責任を保険するだけのものではないとして、労災法による休業補償給付及び障害補償給付の支給額を算定する関係では、労基法一二条の平均賃金について右とは別異に解釈すべきであると主張するもののごとくであるが、労災法による労災保険制度は、業務災害に関しては、以下に述べるとおり、旧労災法当時はもとより現在においてもなお労基法八章により個別使用者に課せられた災害補償責任を保険する趣旨のもので、右責任を代行する機能をもつものといわなければならず、したがって業務災害による保険給付については、当該業務災害の発生した事業場の使用者の責任と結びついているのであり、この点において、解雇予告手当等平均賃金をその算定基準として用いている前記各場合が、各手当等の支給と支給事由の発生した事業場の使用者とを結びつけていることと何ら変わるところはなく、業務災害による保険給付についてのみ労基法一二条の平均賃金の意味を解雇予告手当等の場合とは別異に解釈すべき理由はいまだ存しないといわなければならない。
 すなわち、労災法は、昭和二二年九月一日の施行以来数多くの改正を経て、適用範囲の拡大、年金制度の導入、費用の一部について国庫補助の導入、給付水準の引上げ、通勤災害への適用等を図ってきており、労災保険制度は、労基法による災害補償制度を種々の面で上回る制度へと発展してきていることが明らかであり、その意味では、「労災法ないし労災保険制度は労基法に基づく事業主の個人責任を保険するだけのものではない」という控訴人の指摘には首肯すべきものも含まれてはいる。しかしながら、そもそも労災保険制度は、労基法の災害補償制度に基づく業務災害に関する使用者の無過失責任を保険するために、右災害補償制度と同時に設けられたものであるところ、現行労災法においても、業務災害に関する六種類の保険給付のうち傷病補償年金以外の他の五種類の保険給付は労基法の定める災害補償に対応し、右五種類の業務災害に関する保険給付の支給事由、支給対象者等も労基法の災害補償の場合と同様とされていること(労災法一二条の八第一、二項。なお、旧労災法においては傷病補償年金は定められていなかった。)、労災保険の機能として使用者の災害補償責任を免責させる効果があること(労基法八四条一項)、労災保険事業に要する費用の一部について国庫補助が行われてはいるものの、弁論の全趣旨によれば、それが右費用全体に占める割合は極めて僅かで、昭和五〇年度から同五七年度においては〇.一五パーセントないし〇.二六パーセントにすぎないと認められること、したがって、業務災害に関しては労災保険事業に要する費用はほとんどすべて事業主の負担する保険料によって賄われることとされているところ、労災保険に係る部分の保険料率は災害率等を考慮して業種別に定められ、更に、負担の公平と事業主の災害防止努力とを期するため、一〇〇人以上の労働者を使用する事業等についてはいわゆる保険料率のメリット制が適用され、過去三年間の当該事業の保険収支率に基づいて一定の範囲で保険料率を引き上げ、又は引き下げることとしていること(労働保険の保険料の徴収等に関する法律一二条)等の事情が存するのであって、これらの点に鑑みると、前記のような改正による制度的発展を考慮しても、なお業務災害については労災保険制度と個別使用者の災害補償責任とは密接に結びついており、労災保険制度は個別使用者の災害補償責任を保険する趣旨のものであり、制度創設以来その本質に変わりはないといわなければならない。
 〔中略〕
 (六) 以上のとおりであって、労災法上の休業補償給付及び障害補償給付の算定の基礎となる給付基礎日額(平均賃金)は、右各給付の支給事由の発生した事業場の使用者から被災労働者に支払われた賃金に基づいて算出されれば足りると解されるところ、前記争いのない事実によれば、控訴人の本件業務上負傷はA株式会社において就労中に生じたもので、これにつき災害補償責任を負うべきは同社であり、B株式会社はこれとは関係しないから、控訴人に対する休業補償給付及び障害補償給付はA株式会社から支払われた賃金を基礎として平均賃金を算定し、これを給付基礎日額として支給すれば足りることになる。そして、前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は既に右の見地に立って右各給付につき控訴人に対する支給決定をしていることが認められるから、これと異なる見解のもとに右各給付には一部未払分があるとしてなした本件給付請求は理由がなく、これに対して不支給と決定した本件処分は適法といわなければならない。