全 情 報

ID番号 05107
事件名 行政処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 神戸市保育園保母事件
争点
事案概要  高血圧症等の基礎疾病を有する保育所の保母が保育実施中にくも膜下出血により死亡したケースで業務上の死亡に当るか否かが争われた事例。
参照法条 地方公務員災害補償法45条
地方公務員災害補償法31条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1987年9月16日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和62年 (行コ) 4 
裁判結果 取消・棄却(上告)
出典 タイムズ660号124頁
審級関係 一審/神戸地/昭61.11.26/昭和53年(行ウ)16号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 同女の前記勤務状況、勤務内容を他の同僚保母と比較しても、同女のみが特に過重であつたものとは認められないし、一般的基準からみても、これが右基準に違反し特に過重な労働であつたものとは認められない。したがつて、疲労自体が動脈瘤の悪化又は破裂にどのように影響するかについては明らかではないが、仮に全く無関係でないとしても、少くとも右破裂が公務に基づく疲労による悪化であるものと認めることはできない。
 次に、前掲(三)の各証拠には、前記設定保育中に、見学者がオルガン演奏中のAの背後に立つて、いわばのぞき見るような行動がなければ、本件動脈瘤の破裂という事態は避け得た可能性が大であるとの供述又は記載がある。しかし、前記認定のとおり、見学者はAの背後二メートルの位置に立つて見学していたが、特に後からのぞき見るような動作をした訳でもなく、他に異常な行動は全くなかつたものであるし、所長についても、途中でA以外の保母の保育方法に一部介入する行為があつたが、これとても所長として当然の行動であり、Aにとって予想外のものではない。さらに、前掲各証拠中には、Aが内向的で神経質な性格であつたから、見学者が保育室の中まで入りAの視野に入らない後方から見学すること自体がAにとつて大きな精神的緊張をもたらした旨の供述又は記載がある。しかし、Aにとつて、見学者の見守る中での保育業務は始めてのことではなく、相当の経験を積んできており、当日の見学についても所長から予め知らされていたものであり、その保育内容も特別のものではなく、オルガンによる童謡の伴奏という通常の保育内容であるから、Aにとつて特に精神的負担が大きかつたものとは認められない。確かに、Aはオルガンの技量に劣り、これを悩んでいたことは前記認定のとおりであるけれども、当日の演奏曲目は平易な童謡であり、現に第一回目の演奏は誤りなくこれを弾き終つているし、また、当日の見学者はわずかに一名であり、しかも、同人はB保育所の保育方式自体の見学を目的としており、特に、保母の性格、技量等に関心を持つ幼児の保護者等の多人数が見守るような異様な雰囲気にあつた訳ではないから、Aが特に自己のオルガンの伴奏に不安を持ち、周囲の目を気にしていたものとも認め難い。右を要するに、見学者に後方から見学されることによつてAが多少の精神的緊張下にあつたことは否定できないが、右認定の状況下においては、Aにとつては通常の保育業務の遂行とほとんど変らない雰囲気にあつたものと認めるのが相当であり、これが極端な精神的緊張下におかれたものとは到底認め難い。さらに、精神的緊張自体が脳動脈瘤の破裂の原因となる可能性のあることは前記認定のとおりであるが、そのパーセンテージは四・四パーセント、二・〇パーセント又は二ないし六パーセント程度であるから、精神的緊張を原因として右動脈瘤が破裂する可能性は一般的に極めて低いことが明らかである。よつて、Aに急激な精神的緊張が襲い、これが原因となつて脳動脈瘤が破裂したとする前掲各証拠の供述又は記載はいずれもにわかに採用し難く、結局、以上の認定事実を総合すると、Aの死因については、基礎疾病である脳動脈瘤が高血圧症と共に徐々に悪化し、これが自然発生的に増悪した結果、これが破裂するに至つた可能性が大であると認めるのが相当である。
 (四) 以上の次第で、Aの死亡は、同女の前記脳動脈瘤の存在及び高血圧症の基礎疾病が、同女の従事していた前記公務によつて急激に増悪され、右動脈瘤の破裂という結果を招来したことにより発生したものとは未だ認め難く、結局、Aの死亡は公務に起因するものではないと認めざるを得ない。