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ID番号 05162
事件名 遺族補償給付等処分取消請求事件
いわゆる事件名 高取運輸・艀第八香取丸船長事件
争点
事案概要  冠状動脈硬化症等の基礎疾病を有する艀の船長が業務に従事中に悪性の不整脈を起こして死亡したケースで、遺族が右業務上に当るとして争った事例。
参照法条 労働者災害補償保険法12条(旧)
労働基準法79条
労働基準法80条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1975年4月3日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和46年 (行ウ) 218 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 時報779号57頁/タイムズ326号306頁/訟務月報21巻10号2060頁
審級関係 控訴審/05170/東京高/昭51. 9.30/昭和50年(行コ)25号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 (一) 本件給付を受けるためには、労働基準法第七九条及び第八〇条に規定する災害補償の事由、すなわち「労働者が業務上死亡した場合」に該当しなければならないのであるが(昭和四八年法律第八五号による改正前の労働者災害補償保険法第一二条)、業務上の死亡というためには、業務と死亡との間に相当因果関係が認められるものでなければならないと解される。そして、労働者が基礎疾病を有する場合において、業務と死亡との間に相当因果関係を認定するには、業務に起因する急激な精神的肉体的負担により労働者の病的素因が刺激され、当該疾病の自然的変化に比べ急速に疾病が悪化し死亡するに至つた事実が認められなければならないと解すべきである。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 心筋梗塞は、肉体労働者よりもむしろ事務職の労働者に多く、Aが艀の作業に従事していたことは既往の心筋梗塞の発症と直接の因果関係はないこと、同人のような症状では、何時でも、また就寝中等いかなる場合においても悪性の不整脈の発生する余地が十分にあり、死亡直前の同人の作業と死亡との因果関係は明らかでなく、作業に従事しない場合においても死亡する可能性があつたことが認められる。
 更に、〈証拠〉によれば、Aは心筋梗塞の自覚症状がなく、死亡当日まで平常通り勤務していたことが認められる。
 以上の事実関係によれば、Aは、基礎疾病たる心筋梗塞が、業務に起因する急激な精神的肉体的負担により、その自然的変化に比し急速に悪化し死亡するに至つたものということはできないから、同人の死亡と業務との間に相当因果関係を認めることは困難である。
 (三) もつとも、〈証拠〉によれば、同人のような心筋梗塞の症状のある者が艀の作業に従事することは、心臓に過大な負担を与え、疾患が悪化する危険性があるから、医師としては、もし同人の生前にこのような症状のあることを知つたならば、できるだけ艀の作業に従事させないよう指導したであろうことが認められるけれども、それは、医師の患者に対する一般的な健康指導というべきものであり、作業に従事しなくても死亡する可能性のあつたこと前認定のとおりであるから、右の事実は前記認定を左右するものではない。
 (四) 原告は、労働者の業務遂行中に生じた災害については、業務起因性を推定すべきであると主張する。しかしながら、業務の内容や災害の性質を問わず一律にその間の因果関係を推定し得ないことはいうまでもなく、本件のように、労働者が前認定のような心筋梗塞の基礎疾病を有する場合においては、単に業務遂行中に死亡したということのみでは、直ちに、業務と死亡との間に相当因果関係を認めることはできない。