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ID番号 05170
事件名 遺族補償給付等処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 高取運輸・艀第八香取丸船長事件
争点
事案概要  冠状動脈硬化症等の基礎疾病を有する艀の船長が業務に従事中に悪性の不整脈を起こして死亡したケースで、遺族が右業務上に当るとして争った事例。
参照法条 労働者災害補償保険法12条(旧)
労働基準法79条
労働基準法80条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 1976年9月30日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和50年 (行コ) 25 
裁判結果 取消(確定)
出典 高裁民集29巻4号172頁/時報843号39頁/東高民時報27巻9号222頁/タイムズ345号256頁/訟務月報22巻10号2421頁
審級関係 一審/05162/東京地/昭50. 4. 3/昭和46年(行ウ)218号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 (二) 次に、控訴人が本件給付を受けるためには、昭和四八年法律第八五号による改正前の労働者災害補償保険法第一二条の援用に係る労働基準法第七九条及び第八〇条に規定する災害補償の事由、即ち「労働者(A)が業務上死亡した場合」に該当しなければならない。ところで、ここにいわゆる業務上の死亡とは、業務と死亡との間に相当因果関係が存すること、いいかえれば死亡が業務遂行に起因する-死亡に業務起因性が存在している-ことを意味し、また、これをもって足りるのであって、必ずしも死亡が業務遂行を唯一の原因とするものである必要はなく、特定の疾病に罹患し易い疾病素因や業務遂行に起因しない既存疾病(これらを併わせて以下「基礎疾病」という。)が条件ないし原因となって死亡した場合であっても、業務の遂行が基礎疾病を誘発または急激に増悪させて死亡の時期を早める等それが基礎疾病と共働原因となって死亡の結果を招いたと認められる場合には、労働者がかかる結果の発生を予知しながら敢て業務に従事する等災害補償の趣旨に反する特段の事情がない限り、右死亡は業務上の死亡であると解するのが相当であり、この場合、被控訴人主張のごとく事故当時における業務の内容自体が、日常のそれに比らべて、質的に著しく異なるとか量的に著しく過重でなければならないと解する合理的根拠はないものというべきである。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 これを本件についてみれば、Aの前示冠状動脈硬化症の発生自体には、同人の業務である前示艀作業との間に相当因果関係を認めるに足る証拠はないから、右硬化症を原因として発症した前示心筋梗塞もまた業務起因性のない既存疾病であるという外はなく、また、Aの前示心筋梗塞の症状では、労働すると否とにかかわらず、何時でも、悪性の不整脈をおこす余地があり、従って艀作業に従事していなくても死亡するおそれがあったことは、《証拠略》に徴してこれを認めざるを得ないが他方、前段認定の諸事実を綜合すれば、Aの前示既存疾病自体は、当時、自然増悪の過程をたどっていたわけではなく、むしろ、停滞状態ないしは緩慢な増悪の過程にあったものと推認すべきであるから、右死亡のおそれは必ずしも絶対的なものではなく、同人が艀作業に従事しないで静養をしておれば、なお回復の可能性がなかったわけではなく少なくとも、相当期間死亡しないですんだであろうと考えられること、また、同人の前示艀作業が精神的緊張を伴う相当強度の肉体労働であって一過性の血圧亢進をひきおこしやすいものと推認することができ、これらの事実に、前段認定に係る同人の既存疾病の性状、健康状態、本件事故が発生してから同人が死亡するに至るまでの時間的経緯等を併わせ勘案すれば、Aの死亡は、心筋梗塞による心臓の機能の低下が直接の原因ではあったものの、同人の前示業務の遂行が既存の心筋梗塞を急激に増悪させ、これらが共働原因となって、突然悪性の不整脈をおこして死亡の結果を招くに至ったものであると認めるのが相当である。そして、Aには前叙のごとき特段の事情の存在を肯認するに足る証拠がなく、却って、前段認定のごとく本人は心筋梗塞の自覚さえしていなかったのである。それ故、Aの死亡は、被控訴人認定のごとく単なる業務の機会に発生した偶然の出来事ではなくして、業務上の死亡であると認定するのが妥当である。