全 情 報

ID番号 05190
事件名 療養補償給付金不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 長崎労基署長(才津組)事件
争点
事案概要  護岸工事にかかる潜水作業に従事してきた潜水夫の負傷・死亡事故についての療養補償・遺族補償の請求につき右潜水夫が労働者にあたらないとして不支給の処分がなされたのに対して遺族がそれをあらそった事例。
参照法条 労働者災害補償保険法1条
労働基準法9条
体系項目 労災補償・労災保険 / 労災保険の適用 / 労働者
裁判年月日 1988年1月26日
裁判所名 長崎地
裁判形式 判決
事件番号 昭和60年 (行ウ) 5 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 訟務月報34巻8号1694頁/労働判例512号60頁
審級関係 控訴審/福岡高/   .  ./昭和63年(行コ)3号
評釈論文 西村健一郎・法学セミナー33巻9号127頁1988年9月
判決理由 〔労災補償・労災保険-労災保険の適用-労働者〕
 労災保険法の適用を受ける労働者について同法は定義規定を置いていないが、同法にいう労働者とは労働基準法に規定する労働者と同一のものをいうと解される。ところで、労働基準法第九条によれば、「労働者とは、職業の種類を問わず、前条の事業又は事務所(以下事業という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と規定しており、これに同法一一条の賃金の定義規定も併せ考えると、同法にいう「労働者」とは、労務提供の形態や報酬の労務対償性その他これに関連する諸要素を総合考慮したうえで使用従属関係の有無によって決すべきものと考える。
 そこで、本件についてこれをみるに、右で認定したとおり、潜水作業の内容および作業時間等については現場主任であるAが前日までに亡Bと相談のうえで決定しており、また、亡Bは潜水作業のない日にはC会社の指揮のもとにその従業員と同じく陸上作業に従事していたというのであるから、注文主から予め包括的な指示や期限の制約を受けるだけで日々の工事の進行については裁量を持つ典型的な請負契約とは異なる要素をもつものといわねばならない。しかしながら、他方、潜水業務が専門性を有する業務であるため具体的な業務遂行の方法については亡Bが同人の裁量に基づいて行なっているのであり、始終業時刻についての拘束はなく、出勤簿も作成されておらず、C会社においては、潜水作業のないときには他の業者のところで潜水作業をおこなうことも自由と考えているなどの事情がみられ、これらに加えて右Aと亡Bの作業内容についての相談もAの一方的な指示によるものではないうえに、Aがその主導権を握っているとみられる点も潜水作業が全体の工程のなかに組み入れられていて他の作業と切り離して行なうことができないためであって、これをもって潜水作業についての指揮監督とみるのは適当でないことや、陸上作業については、その日数は一か月に数日程度であり、亡Bが諾否の自由を有することなどを併せ考えると、C会社が亡Bの業務の遂行について指揮監督を行なっていたとみるのは適切ではないといわねばならない。
 もっとも、本件事故時における方塊のクレーンによる移動については、原告は、Aの指揮監督下の陸上作業としての方塊の仮置作業であると主張し、被告は潜水作業としての方塊の据付作業の一部に属するものであると主張している。右作業が亡Bら潜水作業員とC会社所属の陸上作業員との協同によってなされる作業だけに、作業の性質そのものから一義的にそのいずれであるとして、C会社の指揮監督下の労働であるか否かを決することはできないが、前叙認定のとおり、方塊を本据え個所へ移動すべく亡Bがクレーン運転手に指示をなしていた作業であることからして、亡Bがその潜水作業員としての資格と技術を生し、その裁量のもとになされていた方塊の据付作業の一部とみるのが相当であり、C会社が右作業の指揮監督を行なっていたとみるのは適切ではないとの前記の判断の妨げとなるものではない。
 また報酬の支払いについては、C会社は亡Bについて賃金台帳を備え付けておらず、報酬の具体的な内容をみても出来高給がその殆どをしめ、手直し作業については報酬が支払われないなど、報酬の労務の対償としての性格は弱い。
 さらに、D海事の実体は亡Bの個人企業と異ならないことは前認定のとおりであるが、個人企業と異ならないとしても亡B(D海事)は、潜水作業のための船等を所有して、「綱とり」と呼ばれる補助労働者を使用し、船の燃料代や右「綱とり」の給与や食事代は亡B自らが負担するなど曲りなりにも独立の事業者としての性格を備えており、亡Bが形式的に法人の代表取締役であることにかかわりなく、実質上事業者性を具備していたと認めることができる。
 これらを総合考慮すると、亡Bの労務提供の形態については、C会社からの指揮監督は認められず、報酬は労務の対償というよりは出来高に応じて支払われるという要素が強く、独立の事業者としての性格も具備していたのであるから、亡BがC会社に対し労務を提供するにあたっての両者の関係については使用従属性は認められないものといわねばならない。そしてまた、Dとの関係でみても、亡BはDから日常の潜水業務の遂行について具体的な指示を受けているわけではなく、また同人から労務の対償としての報酬を受けているとみるのも適当でないから、亡BがDに対し使用従属関係にあるものとみることもできない。従って、亡Bを労災保険法の適用を受ける労働者と認めることはできないものといわねばならない。