全 情 報

ID番号 05191
事件名 労災保険金不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 札幌労基署長(札幌市農業センター)事件
争点
事案概要  女子労働者が、帰宅途上で自宅とは反対の方向にある商店で夕食の材料を買うつもりで道を左にとったその後で車に追突されて死亡したケースで、通勤災害が成立するか否かが争われた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条2項
労働者災害補償保険法7条3項
体系項目 労災補償・労災保険 / 通勤災害
裁判年月日 1988年2月12日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 昭和61年 (行ウ) 4 
裁判結果 棄却
出典 訟務月報34巻10号1975頁/労働判例515号49頁/労経速報1328号22頁
審級関係 控訴審/05238/札幌高/平 1. 5. 8/昭和63年(行コ)3号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-通勤災害〕
 同法七条二項にいわゆる「合理的な経路」とは、当該住居と就業の場所との間を往復する場合に、労働者が、徒歩又は公共交通機関若しくは自家用自動車の利用等の交通の方法に応じて、当該往復のために地理的・経済的・時間的に合理性があるものとして一般に用いるものと認められる経路をいうものと解するのが相当である。そして、労働者が右のような経路を往復するに際して経路上又はその近くにある公衆便所の利用、公園での短時間の休息、売店での新聞又はたばこの購入等をしたとしても、これらの行為は、当該経路の往復に付随するものであって、当該経路の往復という目的とは別途の目的に出た行為ということはできないから、これをもって同法七条三項にいわゆる「逸脱」又は「中断」に該当するものということはできないけれども、他方、共稼ぎの主婦が退勤の途上で夕食の材料その他の日用品の購入をし若しくはクリーニング店に立ち寄るなどし又は単身の労働者が退勤の途上で夕食の摂取などをしたときには、それが当該労働者にとって日常生活上又は就業を継続するうえでいかに必要不可欠な行為であったとしても、これらの行為は、当該経路の往復という目的とは別途の目的に出た行為であるから、右「逸脱」又は「中断」に該当するものといわざるを得ず、このような場合においては、同法七条三項但し書き所定の限度において保護されるに過ぎない。
 このように解したときには、例えば、共稼ぎ夫婦のそれぞれの就業の場所が同一の方向の近距離にあって、二人が一台の自家用自動車に相乗りし、一方が他方の就業の場所を経由した後に自己の就業の場所に向かったような場合であっても、それがなお「合理的な経路」の範囲内にあり、「逸脱」又は「中断」には該当しないものとすることができる場合があるものと一般に解釈され、そのような行政上の運用がされていることと一見して矛盾するようであるけれども、この場合において一方が他方の就業の場所を経由した後に自己の就業の場所に向かうのは、所定の停留場所を巡回する公共交通機関を利用した場合と同様に、一台の自家用自動車に先行を異にする複数の者が同乗したことによるやむを得ない結果であって、これをもって住居と就業の場所との間の往復という目的とは別途の目的に出た行為ということはできないから、先に述べたところとは、事案を異にするものというべきである。そして、以上の法理は、労働者災害補償保険法及び労働保険の保険料の徴収等に関する法律の一部を改正する法律(昭和六一年法律第五九号)によって労働者災害補償保険法七条の規定が改正された前後を通じて、なんらの変わりはない。
 以上と異なる原告らの法律上の主張は、結局、法令の解釈論を超えた立法政策に属することであって、採用の限りではない。
 三 以上によれば、訴外Aは、就業の場所たるBセンターからの徒歩による退勤の途上において夕食の材料等を購入するべく前記の交差点において左折し、自宅に向かうのとは反対方向の最寄りの商店に向けて四十数メートル進行して、住居と就業の場所との間の経路の往復という目的とは別途の目的に向けた行為に出たのであるから、労働者災害補償保険法七条二項及び三項にいわゆる「合理的な経路」を「逸脱」したものといわざるを得ず、本件災害は、その「逸脱」の間に生じたものであることが明らかであるから、これを通勤災害とする余地はないものというべきである。