全 情 報

ID番号 05238
事件名 労災保険金不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 札幌中央労基署長(札幌市農業センター)事件
争点
事案概要  女子労働者が帰宅途上で、交差点から自宅と正反対の方向にある商店で夕食の材料等を購入するため右交差点から約四〇メートル進んだ地点で自動車に追突され死亡した事故につき通勤災害の成否が争われた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項2号
労働者災害補償保険法7条2項
労働者災害補償保険法7条3項
体系項目 労災補償・労災保険 / 通勤災害
裁判年月日 1989年5月8日
裁判所名 札幌高
裁判形式 判決
事件番号 昭和63年 (行コ) 3 
裁判結果 棄却
出典 労働判例541号27頁/労経速報1366号3頁
審級関係 一審/05191/札幌地/昭63. 2.12/昭和61年(行ウ)4号
評釈論文 根本到・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕136~137頁/坂井満・民事研修390号32~46頁1989年10月/西村健一郎・社会保障判例百選<第2版>〔別冊ジュリスト113〕118~119頁1991年10月/名古道功・社会保障判例百選<第3版>〔別冊ジュリスト153〕110~111頁2000年3月/良永彌太郎・労働判例百選<第6版>〔別冊ジュリスト134〕120~121頁1995年5月
判決理由 〔労災補償・労災保険-通勤災害〕
 二 ところで、労働者災害補償保険法(以下においても、昭和六一年法律第五九号による改正前のもの。)七条二項にいわゆる合理的な経路とは、労働者の住居と就業の場所との間を往復する場合に一般に労働者が採ると認められる経路をいうものと解され、同条三項にいわゆる往復の経路を逸脱するとは、通勤の途中において就業又は通勤と関係のない目的で右の合理的経路をそれることをいい、同項にいわゆる往復を中断するとは、通勤の経路上において通勤とは関係のない行為をすることをいうものと解すべきである。
 前記の認定事実によれば、訴外Aは、就業の場所であるBセンターから徒歩による退勤途中に、夕食の材料等を購入する目的で、前記交差点で左折し、自宅と反対方向にある商店に向かって四十数メートル歩行した際に、本件災害に遭遇したことが明らかにされている。訴外Aが就業場所と住居との間の通常の経路をそれたことは否定することができないし、また、その目的も、食事の材料等の購入にあって、住居と就業の場所との間の往復に通常伴いうる些細な行為の域を出ており、通勤と無関係なものであるというほかない。そうすると、本件災害は、同条三項所定の往復の経路を逸脱した間に生じたものと認めざるをえない。
 そして、本件における経路の逸脱は訴外Aの日常生活上の必要に基づくことが窺われないではないが、同条三項の文理上、労働者が往復の経路を逸脱した間は、たとえその逸脱が日常生活上必要な行為をやむをえない事由により行うための最小限度のものであっても、同条一項二号の通勤に該当しないことが明らかである。したがって、本件災害は、労働者災害補償保険法七条一項二号所定の通勤災害に該当しないというべきである。
 〔中略〕
 しかしながら、通勤災害保護制度は、業務上災害とみることは困難であっても、ある程度不可避的に生ずる社会的危険である通勤災害を、労働者個人の私生活上の損失として放置すべきでないことから、元来賠償責任のない事業主による保険料全額の負担の下に、特に創設された社会的保護制度であって、その保護を受ける要件は明確に法定されており、文理を離れていたずらに拡張解釈することは許されないというべきである。この理は、控訴人らの主張するとおり、通勤災害保護制度の立法事実としてILO一二一号条約採択等の事実があり、制度制定当時に予測し得なかったほど家事、育児を担当しながら労働する婦人労働者が増大しているとしても、いささかも影響を受けないといわなければならない。控訴人らの主張は、立法論として考慮に値するものと言い得ても、現行法の解釈論としては採用することができない。