全 情 報

ID番号 05239
事件名 保険給付不支給決定処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 和歌山労基署長事件
争点
事案概要  深夜勤務の大型トラック運転手が予期しなかった積雪および路面凍結のため閉鎖された国道入口で待機中の突然死したことにつき、業務起因性が争われた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法12条の8
労働基準法79条
労働基準法80条
労働基準法施行規則別表1の2
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 職業性の疾病
裁判年月日 1990年5月29日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和63年 (行コ) 59 
裁判結果 棄却(上告)
出典 タイムズ737号134頁/労働判例569号67頁
審級関係 一審/和歌山地/昭63.11.30/昭和60年(行ウ)4号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 六 死亡労働者の遺族が、労災保険法に基づき、遺族補償(同法一六条)及び葬祭料(同法一七条)の給付を受けるためには、右労働者の死亡が「業務上」の事由に基づくものであることを要するが(労災保険法一二条の八第二項、労基法七九条、八〇条)、右「業務上」の事由に基づく死亡とは、労働者が、労働契約に基づき事業主の支配管理下にあるときに死亡した場合であって(業務遂行性)、かつ、その死亡が、業務に起因して発生した負傷または疾病によるもの(業務起因性)と認められる場合、すなわち、業務と右死亡の原因となった負傷または疾病の発生との間に相当因果関係が存在すること、さらには業務が他の危険因子と共働原因になっているときには、業務が他の原因に比べて相対的に有力な原因であることが是認される場合であることを必要とし、かつ、それをもって足りると解するのが相当である。
 なお、右業務と死亡の原因となった負傷または疾病の発生との間に存在すべき相当因果関係は、不法行為法における行為と損害との間に存在することを求められる相当因果関係、または債権法においてその存在が要求される債務不履行と損害との間の因果関係とは、その内容を同じくするものであるとはいえず、従属的労働関係において、当該業務に当該傷病を発生させる具体的危険性があり、それが現実化して労働者に損失を生ぜしめた場合に、これを補填することを目的とする現行労災補償制度のもとにおいては、経験則に照らし、当該業務には、当該傷病を発生させる危険性が存在すると認められるか否かを基準として、その相当因果関係の存否を決するのが相当である。
 被控訴人主張の合理的関連性説は、その判断の基準とされる業務と傷病との間の「合理的関連性」の意味が恣意的となるおそれがあるのみならず、「業務上」の範囲を広く解することになる結果、当該傷病が、単に、使用者の支配下にあったことを機会として発生した場合をも含むこととなり、労災保険法においては、保険給付の原資のほとんどが使用者の負担する労災保険料によって賄われている現行法制度のもとにおいては、使用者に過大な負担を強いることにもなり、失当のそしりを免れることができず、直ちには採用することができない。
 七 本件において、Aの遺体の検死医であるBがAの死因とした「急性心不全」は、前記のとおり、心臓が全身に必要なだけの血液を送り出すことができなくなった状態をいい、終局的に心臓が停止した結果を意味する医学的概念に過ぎないことは当事者間に争いがなく、労災保険法一二条の援用する労基法七九条、八〇条所定の「労働者が業務上死亡した場合」にあたるか否かは、これを疾病による場合についていえば、労働者が業務に基づく疾病に起因して死亡した場合をいい、右疾病と業務との間に前記現行労災補償制度のもとにおいて要求される相当因果関係が認められ、その疾病が原因となって死亡事故が発生した場合をいうものであると解するのが相当である。
 本件において、Aの死亡事故の原因となった疾病を特定することは、Aが、その生前、精密な健康診断を受けておらず、その遺体の解剖が行われなかったため、今となっては不可能であるといわなければならないところ、このような場合には、被災者の既往の疾病、健康状態、従事した業務の性質、業務が被災者の心身に及ぼす影響の程度及び事故発生前後の被災者の勤務状況の経過などを総合して、被災者の死亡の原因とするのに矛盾のない疾病を措定し、右疾病と業務との因果関係の存否について判断するほかはない。〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-職業性の疾病〕
 Aの死因である「急性心不全」の原因疾病の特定は暫くおき、Aの従事してきた業務の内容及び死亡の直前における勤務状況についての認定は、前記二、三のとおりであり、Aの運送業務における目的地は、比較的遠方の場合でも名古屋までであり、八尾市南部、奈良等の近距離運送がその大半を占めていること、Aは、日曜、祝祭日には確実に休んでおり、年休等の休暇もほとんど消化して疲労の回復に努めていること、Aが死亡した日の前々日は、指定休日で全日、翌三月一日は、午後三時に出勤しているから、合計約四〇時間に及ぶ休養をとることができたはずであること、名阪国道の閉鎖によって車両の渋滞に巻き込まれてからも、訴外会社の配車担当者に電話をして、状況を説明し、了解を得たのち車内で仮眠をとり、死亡推定時刻の少し前まで同僚の運転手と話を交わしているが、右同僚の目からも、Aが乗務の予定より大幅に遅れることにつき、格別の焦燥感を抱いていたとは見えなかったことを併せ考えると、Aの従事していた日常の業務は、これを客観的にみて、休日に休養をとることによっても疲労を回復することのできないような内容のものではなく、さらに、本件事故当時の業務が平素の業務と比較して、特に過重な内容のものではなかったと認めるのが相当である。
 被控訴人のこの点に関する主張は失当であり、採用することができない。
 4 つぎに、〈証拠〉によれば、一般に、人の思いがけない急死(突然死)の原因としては、医学上、心臓の冠状動脈硬化症ないし冠動脈閉塞による急性心筋梗塞、頭蓋内出血、解離性大動脈瘤、不整脈等があり、かつ、右疾病は、平素、右疾病に至る病的症状が全くなく、一見健康な人でも、突然、発症して死亡する場合もあることが認められる。
 一方、(1)訴外会社におけるAの平素の勤務の内容は、その従事する業務による疲労が次の勤務までに回復できないような過重なものではなかったこと、(2)Aが、その死亡する前々日の昭和五六年三月一日午後三時に訴外会社の勤務に就くまでには、充分な休養をとる非拘束時間があり、その後、勤務に就いて、和歌山を出発し、奈良県天理市に至り、同所において、名阪国道の閉鎖による車両の渋滞に巻き込まれたけれども、その折には、速やかに訴外会社の配車担当者に電話をして、右の状況を説明し、名古屋の荷物の運搬先にも、その旨の連絡方を依頼して、その了解を得ていること、(3)そしてその後、Aは、急死する直前までの間に、数時間仮眠をして休養をとり、当時、特に疲れたような状況にもなかったこと、以上の事実は、前記に認定したとおりであるところ、右事実関係からすれば、Aが急死する直前の当時には、訴外会社の業務のために、Aに、心不全によって死亡する疾病発症の原因となるような右業務による強度の精神的、肉体的負担が生じていたとは、認め難いというべきである。
 そして、以上認定の諸事実からすれば、Aの心不全による急死は、訴外会社の業務とは無関係に生じたとみる可能性も充分にあるのであって、訴外会社の業務に起因し、又は、右業務がAの有していた危険因子と共働原因になったことに起因して生じたものとはたやすく認め難いというべきである。
 九 そうすると、原因疾病を含むAの死亡とその従事していた業務との間には相当因果関係がなく、右原因疾病は、労基法施行規則三五条別表第一の二第九号の「その他業務に起因することが明らかな疾病」にも該当しないので、本件処分は適法であり、被控訴人の本訴請求は理由がなく棄却を免れない。