全 情 報

ID番号 05312
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 北辰精密工業事件
争点
事案概要  違法な争議行為を理由とする懲戒解雇につき、会社は固有懲戒権を有してはいるが、なお懲戒解雇に値する行為とはいえないとされた事例。
 労働協約中の解雇協議条項に反する懲戒解雇が無効とされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項
労働組合法16条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の根拠
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 違法争議行為・組合活動
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続
裁判年月日 1951年7月18日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 昭和26年 (ヨ) 4018 
裁判結果 申請一部認容,一部却下
出典 労働民例集2巻2号125頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の根拠〕
 被申請人会社の社則は労働基準法施行後も同法による届出がないばかりでなく、賞罰に関する事項について組合と協議すべき旨を定めた協約条項があることから見ても右社則の少なくとも賞罰に関する条項はその効力を失つたことが明らかである。また慣行上も従業員の賞罰に関する事項について従来右社則に準拠して取扱われて来た事実も認められないから、被申請人会社に於ては従業員の懲戒について明示せられた規範は全く存しないものといわねばならない。
 しかしながら被申請人会社のような企業に於て、明らかに企業の秩序をみだし、企業目的遂行に害を及ぼす労働者の行為に対しては、使用者はたとえ準拠すべき明示の規範のない場合でも企業にとつて必要やむを得ないときは、その行為に応じて適当な制裁を加え得ることは、企業並に労働契約の本質上当然であるから、被申請人会社は右の固有の懲戒権を根拠として従業員に対し懲戒をなし得るものといわねばならぬ。従つてこの点に関する申請人の主張は理由がない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-違法争議行為・組合活動〕
 しかしながら一方本件紛争に至つた経緯を考えて見ると、被申請人会社は種々経営上の困難があつたとはいえ、賃金遅配のため有罪判決さえ受けながら、数年来賃金遅配を解消せず、殊に本件争議の約一ケ月前には年内遅配完全解消の計画を発表して、従業員に相当の期待を抱かせるような言辞をなしたに拘らず、その後十二月半に至り右計画が全く実現不可能なことが判明し、ために年末を控えた全従業員を著しい不安と焦燥に陥れ、遂に申請人組合をして遅配解消要求のための本件争議を実施するに至らしめたことが疏明されている。かような状況の下でたまたま入金したトランス代金の賃金充当をも拒否され、焦眉の生活資金を欲する申請人X1、X2始め組合員が、一時の興奮状態に陥つたことが本件紛争の大きな原因をなしていることは明かである。このように本件紛争の原因に付ては法令に違反し自らの債務不履行によつて労働者の生存を脅した会社側にも相当の責任があることは否定し得ぬ所である。しかもかような事情の下にありながら、申請人X1、X2始め組合側は直接会社側の者の身体に暴力を加えようとした形跡はなく、紛争を通じて先づ談合乃至説得の方法によつて事を解決しようとつとめた態度も窺われ、また会社の信用を害さないよう顧客に対する善後措置にも十分の努力を払つたことはさきに認定したところによつて明かである。
 以上の双方の事情を考慮すると、本件申請人X1、X2両名の行為はそれ自体は正当と謂い難いが、当時の諸般の事情に照しこれを懲戒解雇処分に付するのは相当でない。従つて本件懲戒解雇は正当な懲戒権行使の範囲を超えた処分として無効である。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕
 本件労働協約の全趣旨に徴すれば右協約は労働条件其の他、労働関係全般に付て被申請人会社と申請人組合との経営協議会に於ける協議に基き労使の協力によつて適正に処理することを本旨とすることが明かであり、従つて従業員の賞罰に関する本件協議条項(第一条)も、協約付則に明定されているように労使双方が誠意を以て協議をつくした上、始めてその実施の有無程度等を決定すべき旨を定めているのであつて、あらかじめ会社側の意思を決定し形式的に組合との協議手続をふめば足る趣旨でないことは勿論であり、また協議手続を経て正式に解雇の意思表示をするまでは被解雇者は社員たる地位を有するものである。従つて被申請人会社がその後解雇案を訂正したとはいえ、協議をなす前に申請人X1、X2個人に対し懲戒解雇に付する旨通告し、同時に同人等の出勤を停止する等、解雇が既に決定されたことを前提とする措置を講じ(現に会社が協議中に申請人両名に対し業務の引継を要求した事実が疏明せられている。)更に協議を打切るや協議前の日付に遡つて解雇を決定したことは、それ自体前記の協約の趣旨に反する不当な措置であつて単に形式的に協議手続を履践したとの譏りを免れない。殊に被申請人会社に於ては懲戒の要件及び程度に付て明示の規準がない関係上、組合との協議に基いて懲戒処分を決定すべきことが協約によつて、特に強く要請されているに拘らず、事情遷延を許さぬなど特別の状況も認められぬ本件に於て、被申請人が前記のような態度にでたことは、到底誠意を以て協議をつくしたものと謂い難い。そして前記の協議約款の趣旨並に企業内の刑罰としての懲戒解雇手続の重要性に鑑みると、労働協約による協議義務に違反した被申請人会社の本件懲戒解雇は、この点においても無効と謂うべきである。