全 情 報

ID番号 05350
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 銚子醤油事件
争点
事案概要  幻灯会を催すにつき会社倉庫を無断使用したことを理由とする懲戒解雇につき、社会的妥当性を欠き無効とされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
労働組合法7条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 違法争議行為・組合活動
裁判年月日 1955年5月7日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 昭和29年 (ヨ) 4041 
裁判結果 申請認容
出典 労働民例集6巻3号284頁/タイムズ48号55頁/労経速報176号6頁/経済法律時報15号9頁
審級関係
評釈論文 労働経済旬報266号12頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-違法争議行為・組合活動〕
 ところで、労働協約第十二条には「組合員が会社の諸施設を利用する場合は会社の承認を得るものとする」と定められているが、申請人が右幻灯会を開くに当つて、前記倉庫の使用について、正規の手続をとらなかつたことは申請人の認めるところであり、又会社の安全衛生規則第十四条第十二号には「電気機具又は機械設備の責任者又は直接取扱者以外の者は勝手に触れてはならない」と規定され、就業規則第六十六条第二項には「従業員は安全規則を守り、災害予防に心掛けねばならない」と規定されていることが認められるので、申請人の前記行為が労働協約及び就業規則に違反すること明らかであつてこれがため懲戒処分の措置をとられることは止むを得ないといわなければならない。
 然しながら労働協約又は就業規則所定の解雇事由に該る行為が解雇に価するというのは、当事者が置かれている特別の契約関係その他協約又は規則を締結又は制定した特殊事情等によつて軽微の違反をも解雇事由となすべき特段の事情のない限り、一般の契約関係にあつては労働協約又は就業規則違反が相当程度に重大なものであつて、解雇するについて社会的に妥当の価値判断がなされ得ることを要するものと解するのが相当である。蓋し懲戒処分は違反行為によつて表明される行為者の不信義的性格又は企業に対する不寄与性に対応して職場の秩序維持の観点から違反行為を防止するため反省させると共に他戒の目的をもつて行為者に課せられる不利益処分であつてその程度に相応した懲戒措置がとらるべきことが要請されるからである。
 本件においては右にいう特段の事情について疏明がないばかりでなく、本件労働協約及び就業規則に徴するに協約第二十五条によれば徴戒は譴責、減給、出勤停止、解雇の四種と定め、同第二十六条には左の各号の一に該当する時は譴責、減給又は出勤停止に処し其情状重き者は即時解雇すると定め、規則第六十三条第六十四条にも協約と同様の規定をおき、同第六十五条には反則が軽微であるか特に情状酌量の余地があるか又は改悛の情が明らかに認められる時は懲戒を免じ訓戒に止める事があると規定しているのは、本件契約関係が右にいう一般の契約関係に外ならないことを表明したものというべきであり、またこのように懲戒権を妥当に行使すべきことは使用者の債務に止まらず懲戒権自体を制限したものであつて、これに違反する解雇は無効と解すべきである。なお懲戒権行使の妥当性を判断するに当つては各企業の特殊性とか違反行為のなされた状況をも考慮に入れ具体的の事案に即して判断すべきこと勿論であつてこれを一律に論断するのは失当といわなければならない。
 よつてこの見地において申請人の右行為について考察するに、本件倉庫の無断使用の点については、そのこと自体が他の企業におけると異り特に規律違反を重く評価すべき事情があるものと認めることはできないし、又これによつて職場秩序を乱そうとの意図を有していたことを認めるべき疏明はない。本件において特殊状況として考慮さるべきは、前記のように火災発生の危険の多い倉庫において(ひとたび火災発生の場合会社の被るべき損害の甚大であるべきはいうを待たない)火災発生の危険ある行動に出で又はその危険を生すべき原因を与えたことであるけれども、被申請人の主張するように本件が火災寸前の行為であるとの疏明はなく、また通常火災発生に直接連結される悪質の行為ということはできないしその際そのまま放置せば火災が発生したであらうという具体的危険があつたわけでもないから、火災発生の抽象的危険が比較的大であるとの故に特に本件を重大視して一般の場合よりも遥に重く処断すべき特別の事情を認めることはできない。而して申請人の本件行為は会社の命令に違反したことと場所をわきまえず火災発生の危険を軽視した不注意の点について非難を免れないけれどもこの程度の違反に対しては将来再びこれを繰り返すことのないよう厳重に戒める趣旨の懲戒措置をとるをもつて足り、その行為の故に企業の外に放逐し即時解雇に価する重大な協約又は規則違反に当るものということはできない。
 してみれば会社が申請人に対して懲戒解雇の挙に出たのは労働協約及び就業規則適用について社会的妥当性を欠くものであつてこの点において本件解雇の意思表示は無効といわざるを得ない。