全 情 報

ID番号 05365
事件名 解雇無効確認請求事件
いわゆる事件名 駐留軍労務者事件
争点
事案概要  日米労務契約附属協定に基づく駐留軍労務者に対する保安解雇が有効とされた事例。
参照法条 労働基準法3条
労働基準法2章
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 保安解雇
裁判年月日 1955年12月22日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和29年 (ワ) 11185 
裁判結果 棄却
出典 労働民例集6巻6号1177頁
審級関係
評釈論文 労働経済旬報286号16頁
判決理由 〔解雇-解雇事由-保安解雇〕
 してみれば、右の附属協定に定める保安基準ならびにこれに関する人事措置についての実施手続に関する定めは就業規則において定めた場合と同様の拘束力を有し協定の当事者たる日本政府と米軍との間における契約上の効力を有するにとどまらず駐留軍労務者と日本政府米軍間においても拘束力を有するものと解しなければならない。そこで右附属協定に定められた保安基準がいかなる拘束力を有するかについて検討する。
 附属協定第一条a項において保安基準として(1)作業妨害行為牒報軍機保護のための規則違反またはそのための企図もしくは準備をなすこと(2)アメリカ合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的にかつ反覆的に採用し若しくは支持する破壊的団体または会の構成員であること(3)前記(1)号記載の活動に従事する者又は前記(2)号記載の団体若くは構成員とアメリカ合衆国の保安上の利益に反し行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的にあるいは密接に連繋することの三基準が掲げられていること並びに、同第五条(b)項ないし(e)項において日本側の提供した労務者が米軍側の通知に基き最終的な人事措置の決定あるまで米軍側の通知に基き当該労務者が施設及び区域に出入することを差止めるものとし右の人事措置の実施細目として(イ)米軍の指揮官が労務者が保安上危険であるとの理由で解雇するのが正当であると認めた場合には当該指揮官は米軍の保安上の利益の許す限り解雇理由を文書に認めて日本側の労管所長に通知し所長は三日内に回答する(ロ)当該指揮官は更に検討の上嫌疑の根拠がないと認めればその後の措置はとらないが労管所長の意見を検討してもなお保安上の危険を認めた場合は上級司令官に報告する。(ハ)上級司令官は調達庁長官の意見をも考慮の上審査し保安上危険でないと認めれば復職の措置を、保安上の危険を認めれば解雇の措置をとるよう当該指揮官に命ずる。(ニ)上級司令官から解雇の措置をとるよう命ぜられた当該指揮官は労管所長に対して解雇を要求する。(ホ)労管所長は当該労務者が保安上危険であることに同意しない場合でも解雇要求の日から十五日以内に解雇通知を発しなければならないと規定されていることが当裁判所に職務上顕著である。
 右規定によれば右の(1)ないし(3)の保安基準に該当するかどうかの判断は専ら米軍の主観的判断にゆだねられているものであつて、保安基準に該当する事実の存在する場合に限定する趣旨でないこと従つてその主観的判断が客観的に妥当のものであることを要する趣旨ではないと解するのが相当であつてこのことは前記第五条(c)項において米軍の日本国側に通知する事由も米軍の保安上の利益を害しないと認められる限度にとどめることが許されていることからも容易に看取できるし、かつ前掲各証拠によると前記三者会談の結果成立した新労務基本契約においては日米共同管理の原則が樹立されながら、保安については米軍がこの原則の例外とすることを固持して譲らなかつたことが認められるのであるからこの点からも右の結論を正当づけるものといわなければならない。してみれば、保安基準に該当する客観的事実の存在は解雇権行使の要件とするものではないから、これがある場合に限り解雇権を行使する趣旨に限定したことにはならない。保安基準の趣旨は右のように解すべきであるので、米軍が本件において右の保安基準の(2)に該当する事由ありとした判断に誤りがあつても本件解雇の意思表示が前記附属協定に違反するものということはできない。
 尤も保安基準の趣旨を右のように解するときは、基準該当の有無の判断を専ら当事者の一方である米軍のみに委ねる結果となりこの点に関する右協定は全く無意味のように見えないではないけれども使用主が外国に駐留する軍隊であるから他の一般雇傭契約と異なり、高度の機密保持を必要とする関係上米軍としてはその判断の根拠を明らかにしてその当否につき第三者の批判にさらすことを欲しないことは無理からぬところというべく、また元来解雇は使用者の自由であるべきものを自発的にこれを制限するのであるから、その制限の態様をいかようにも定め得るところであるから解雇事由の判断は自己に留保しつつ唯その事由のみについて制限することももとより許されるところと言わなければならない。しかしてこの程度の制限であつても労働者にとつて何らの実益のないことではなく自ら資料を提供して使用者の判断に反省を求めることも可能なわけであつて、駐留軍労務者に関しては右の附属協定により米軍において右の判断に慎重を期しているばかりでなく日本国側関係機関が意見を開陳して反省を求めることができ、これによつて米軍の判断を変更せしめることが不可能でなくまたそのように変更させた事例の存在することは当裁判所に明らかである。従つて右附属協定がこの点につき無意義ということはできない。