全 情 報

ID番号 05392
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 仁丹テルモ事件
争点
事案概要  体温計製造会社で発生した水銀中毒事件につき、社員が会社内外で行った批判活動を理由とする懲戒解雇につき、正当な組合活動の範囲にあり、解雇権の濫用にあたり無効とされた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項9号
民法1条3項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 信義則上の義務・忠実義務
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 会社中傷・名誉毀損
裁判年月日 1964年7月30日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和37年 (ヨ) 2103 
裁判結果 申請一部認容,一部却下
出典 労働民例集15巻4号877頁/時報384号10頁/タイムズ164号141頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-信義則上の義務・忠実義務〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-会社中傷・名誉毀損〕
 1 (勤務成績不良)
 〔申請人X1は昭和三六年一月から倉庫係主任に就任したのであるが、〕Aの証言によれば、倉庫係主任は資材課長の配下にあつて、製品、材料、消耗品等の整備、保管、出し入れ等直接倉庫に関する業務を主宰する管理職であるところ、申請人X1が就任以後在庫の包装材料の整備状態が悪いため、現場の生産計画に従つた出庫要求に応じられない事態を生じたことがあり、また会社は同年一月以降在庫品数量の正確を期するため、空伝票で出庫することを禁ずる旨をとくに通達したが、申請人X1はその後も屡々空伝票で物品を出庫した事実が認められる。
 2 (会社を誹謗する行為)
 〔申請人X1が九月三日放送のテレビ番組「B」及び一〇月三日開催の「集い」で、水銀中毒事件に対する会社の態度につき発言したこと〕は、上記第二、の二の2に判示したとおりである。
 申請人X1尋問の結果によると右テレビ出演発言の部分は、八月二八日頃Cテレビ取材記者が申請人の自宅を訪れ録音録画したものであるが、Aの証言及び検証の結果により右テレビ放送を録音したテープと認められる検乙第一号証によれば、右テレビ放送は職業病の現実を知らせ、予防対策の必要を訴えることをテーマとした三〇分番組であり、その中で会社の水銀中毒事件の経緯が「渋谷区内のある体温計工場」の出来事として約一〇分間にわたり紹介され、申請人X1の前判示の趣旨の発言部分は約一分間余、取材記者に対する応答の形で採り上げられている。右発言内容についてみるのに、水銀中毒罹患者が「会社からは何の補償もなく」やめてゆくとか、「しかも会社は全く水銀中毒だと云わない」と云うのは、前記第二の一で認定した会社の水銀中毒対策の実際に照して、真実に反するものと云うべく、「他の医者にかかろうとすると会社は嘱託医と結託しておどかす」と云うのは、前記第二の二、三で認定したD病院での加療者及びこれを紹介した申請人らに対する会社の態度を指すものと思われ、その限りにおいて全く事実無根とは云い難いけれども、「結託」「おどかす」などの表現は誇張の譏りを免れない。右発言内容は全体として会社を誹謗したものと解せられ、水銀中毒の多発が会社側の工場管理上の欠陥によるものであり応急対策にも不十分の点があつたにせよ、右発言が録音された八月末頃は会社において前記のような対策をたて鋭意実施していた時期であること、成立に争ない甲第一ないし第三号証によれば当時既にE新聞紙上で三回も会社名を明らかにして水銀中毒事件が報ぜられていたので、相当広範囲のテレビ視聴者が会社名を察知して右発言に関心を喚起したと思われること等を考え合わせると、申請人X1の右テレビ出演行為は、就業規則七四条八号の懲戒解雇事由「会社の体面を著しく汚したとき」に該当するものと云うべきである。
 次に、「集い」に出席発言した行為についてみるのに、発言の具体的内容が明らかでなく、主催者、名称等から推察される右会合の目的、性質をも考え合わせて、申請人X1の発言が会社の名誉を著しく傷つけた事実についてはその疏明がないことに帰する。
 3 (上司に対する反抗的言動・出社命令違反)
 申請人X1が一〇月二五日F常務、翌二六日A課長に対して、また一一月二〇日及び三〇日会社の出社命令に対してとつた言動態度は、上記第二の三の2に認定したとおりである。申請人X1の右言動、態度が水銀中毒事件批判活動の故に解雇を免れないとの自意識に根ざすものであることは推察できるにせよ、多分に感情に走り常軌を失した行動として、前記就業規則の懲戒解雇事由「職務上の指示命令に不当に反抗し、職場の秩序を乱したとき」に一応該当するものと認めざるを得ない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 第四、申請人らの解雇権濫用の主張について。
 一、申請人X2の解雇について。
 上記第二に判示した本件解雇の経緯に照してみると、会社のF常務、A課長らは七月末頃には申請人両名が六・一六協定に反し従業員にD病院で診療を受けるよう働きかけている事実を探知しており、A課長は八月一一日には申請人X1に対し右行動を非難して退職を勧告し、さらに同月一七日午前申請人X2が右行動の故に組合から除名されると、午後には同人を呼んで配転が困難の旨を告げ、一九日には自宅待機を命じ、二五、二六日の出社命令に対して二八日は同人が出社したが、翌二九日には同人に対し配転不能の理由で解雇を告知している。しかし、配転不能の事情については、単に他の職場の長が同人を受入れることを好まないというほかには首肯するに足る理由の疏明がなく、申請人X2に自宅待機を命じてから以後会社において同人の配転先につき検討配慮した形跡は全く認められない。会社がその後本訴において主張するに至つた解雇事由については、上記第三の一に判示したとおり長期無断欠勤、自宅待機命令違反、反抗的態度(一部)等の点は理由がなく、その他の点についても、情状必ずしも重大とは云い難い。
 会社が水銀中毒事件を会社の名誉信用にかかわる不祥事として表沙汰になることを好まないのは当然であり、前認定の同事件の経過によつてもかような会社の意図を窺うに十分であるところ、申請人X2の前記批判活動が右会社の意図にそわないものであることは明らかであつて、これを叙上の諸点と考え合わせてみれば、会社が申請人X2を解雇した真の意図は、水銀中毒問題をめぐつて同人が展開した前判示の批判活動を嫌悪し、これを封ずることにあつたと認めるのを相当とする。
 ところで、会社の水銀中毒対策の不備については、昭和三六年六月当時すでにE新聞紙上に批判的に報道され、労働基準監督署の検査によつても欠陥を指摘されていたところであり、申請人X2の批判活動もこれを機に活溌化したものであつて、同人が故意に事実をまげて会社を誹謗宣伝した事実は認められず、また、従業員にD病院を紹介し受診させた行為がたとえ六・一六協定に反し組合の統制に牴触するものであるとしても、右受診者は会社から与えられる治療、休業等の補償費につき自ら不利を招くだけのことで、会社側からあえてD病院でなくG労災病院での受診を固執する必要については、合理的な理由を首肯することができない。これを要するに、申請人X2の前記批判活動は、その方法や程度において従業員としての職責にもとるところはなく、むしろ職業病の危険から労働者の人権を守るための正当な活動範囲内のものと云うべきであるから、前示意図のもとになされた同申請人に対する本件解雇は、爾余の点を判断するまでもなく、解雇権の濫用として無効である。