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ID番号 05442
事件名 未払賃金等請求控訴事件/民訴法一九八条二項に基づく損害賠償請求事件
いわゆる事件名 郡山交通事件
争点
事案概要  タクシーの運転手が一日につき少なくとも一〇・二時間の労働に従事したとして右労働を前提とする割増賃金を請求した事例。
参照法条 労働基準法114条
労働基準法34条
労働基準法32条
労働基準法37条
体系項目 雑則(民事) / 附加金
労働時間(民事) / 変形労働時間 / 一カ月以内の変形労働時間
休憩(民事) / 「休憩時間」の付与 / 休憩時間の定義
労働時間(民事) / 時間外・休日労働 / 時間外・休日労働の要件
裁判年月日 1988年9月29日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和60年 (ネ) 823 
昭和60年 (ネ) 893 
裁判結果 控訴棄却
出典 労働判例546号61頁
審級関係 上告審/05451/最高三小/平 2. 6. 5/平成1年(オ)7号
評釈論文
判決理由 〔労働時間-変形労働時間-一カ月以内の変形労働時間〕
 (1) 控訴人の就業規則には、控訴人運転手の勤務時間割等につき、【1】一日目が八時から二二時までの一四時間拘束、休憩六時間、所定労働時間八時間、 【2】二日目が一〇時から二三時までの一三時間拘束、休憩五時間、所定労働八時間、 【3】三日目が一二時から二四時三〇分(翌日〇時三〇分)までの一二時間三〇分拘束、休憩四時間三〇分、所定労働八時間、 【4】四日目が【3】と同じ、 【5】五日目が七時から一〇時までの三時間拘束、休憩時間なし、所定労働三時間、 【6】六日目が公休日、【7】 七日目が【1】と同じ、以下同様の繰り返しである旨記載されているけれども、右就業規則に定める控訴人運転手の勤務時間割の趣旨は、七日目の勤務は存在せず、七日目は一日目に当たるものであり、右【1】ないし【7】の繰り返しではなく、【1】ないし【6】の繰り返しであって、六日一休制、一日八時間以下労働制、六日三五時間労働制、週三五ないし四三時間労働制である。
 〔中略〕
 (1) 控訴人は、控訴人運転手の勤務時間割を目して変形労働時間制であると主張しているけれども、この主張が単に毎日の労働時間が八時間ではないという趣旨であれば問題はないが、それが法三二条二項所定の変形八時間労働制との趣旨であれば明らかに失当である。右就業規則に定める控訴人運転手の労働時間はいずれの日も八時間以内であり、同条一項に規定する一日八時間労働の原則を変更する同条二項の変形八時間労働制を定めたものではなく、あくまで同条一項に規定する労働時間を前提とするものである。
〔休憩-「休憩時間」の付与-休憩時間の定義〕
 タクシー運転手が事業場外における休憩時間を真実どれだけ取ったかの判断は極めて困難であるし、労働者には法及び就業規則等によって定められる休憩時間を取得する権利があり、一方、使用者には、所定休憩時間に労働者を休憩させる義務があって休憩時間内に労働者を就労させることは原則としてできず、労務指揮権も及ばないことは控訴人主張のとおりであるから、特段の事情の認められない限り、タクシー運転手は事業場外における就業規則等所定の休憩時間には、真実休憩したものと推定するのが相当である。
 〔中略〕
〔休憩-「休憩時間」の付与-休憩時間の定義〕
 i 控訴人運転手で休憩時間を控訴人事業場内で過ごすものはおらず、いずれも事業場外で休憩していた。
 ii 控訴人の採用する累進歩合給制度のもとにおいては、例えば、一か月五九万円の運賃収入があれば歩合率は四割で歩合給二三万六〇〇〇円となるけれども、一か月五八万九〇〇〇円の運賃収入であれば、歩合率は三割一歩で歩合給一八万二五九〇円しかなく、僅か一〇〇〇円の運賃収入の差が五万三四一〇円の歩合給の差につながるため、控訴人運転手らは一致して最低限一か月五九万円以上の運賃収入を揚げることを目標とし、一車一人制で専用自動車があって何時でも自由に就労できることから、就業規則及び運行表の存在にもかかわらず、右目標を達成するためには、休日、就業規則所定の休憩時間内及び拘束時間の前後における時間外に就労することが常態となっていた。反面、所定拘束時間内に勤務しない者も存在した。控訴人運転手はこれを目して自由勤務と称していた。
 iii 右iiの事実を、客観的資料として信用性の高い運転報告書(〈証拠略〉)に基づいて若干具体化すると、運転報告書を個別的かつ連続的に検討してみるならば(但し、運転報告書の性質上実労働時間を示すものではなく、あくまで乗客を乗車させた時刻であるから、正確には、拘束開始時刻については始業点検時間と乗客確保まで等の手待時間が、また、拘束終了時刻については最終乗客乗車時刻から目的地到達後車庫等に帰る時間及び終業点検時間等の手待時間がそれぞれ考慮されなければならない。)、最初の乗客乗車時刻及び最終乗客乗車時刻からは、個々の運転報告書が前示1の【1】ないし【5】のいずれの勤務日に当たるのかを把握することすら困難であり、勤務日の五分の二存在しなければならないはずの右【3】、【4】の一二時の拘束開始時刻及び五分の一存在しなければならないはずの右【5】の七時から一〇時(或いは八時から一二時)までを拘束時間とする運転報告書の存在を確認することに困難を伴うほどであること、就業規則所定の右【1】から【4】までの四時間三〇分ないし六時間もの長時間休憩を取っているのが常態であるとの形跡は窺えず、むしろ休憩時間内にも就労しているのが常態であるとの形跡が窺えること、所定拘束時間の前後及び休日に就労したことの明らかな運転報告書の存在は枚挙の暇もないこと、就業規則所定の右【1】から【6】までの勤務時間割及び休憩時間は有名無実の存在になっていた。
 iv 控訴人運転手は、時間外及び休日労働をしたにつき、控訴人側から禁止されたことのないことはもとより、注意を受けることもなかった。
 (四) 以上の認定事実から検討する。
 (1) 右(一)で説示したとおり、タクシー運転手は事業場外における所定休憩時間内には真実休憩しているものと推定されるとはいえ、右(二)、(三)認定の事実からすると、右推定を覆す特段の事情があり、控訴人運転手が休憩時間内労働をしていたことは優に認定しうるところであるし、所定拘束時間の前後及び休日に労働をしていたことも明らかである。
〔労働時間-時間外・休日労働-時間外・休日労働の要件〕
 控訴人運転手が時間外及び休日労働に従事していたことは以上認定のとおりであるとはいえ、被控訴人らそれぞれが具体的に何時、何時間の時間外及び休日労働をしたかについては、断片的に認めうる証拠はあっても、その全貌にわたって的確・具体的に確定するまでの証拠はないが、かかる場合、右認定の実情のもとにおいては、あたう限り各種資料によって推定するのが適当であり、かつ、これをもって足ると解すべきである。
 〔中略〕
 被控訴人らは、一勤務当たり平均三時間を超える休憩時間を取っておらず、その余の所定休憩時間には就労しているものと推認するのが相当であること等以上認定の事実関係を総合斟酌するならば、被控訴人らは、本件被控訴人らが右推計に際して設定した休憩時間の数値に加えて、更に、平均二・五三時間、即ち二時間三二分以上(右誤謬の存在を考慮してもう少し下回るとしても)休憩したとは到底考えられないからして、結局のところ、それぞれがその対象となった期間、一勤務当たり平均一〇・二時間を超える実労働をしているとの推計結果には合理性があると評価できる。
〔雑則-附加金〕
 右三項認定の諸事情を考慮するならば、控訴人の本件割増賃金の不払いについては、法一一四条所定の附加金の支払いを命ずるのが相当である。