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ID番号 05457
事件名 取立金請求控訴事件
いわゆる事件名 大光事件
争点
事案概要  賃金の金額払の原則につき、使用者と労働者双方の合意による相殺予約に基づいてなされる相殺も、使用者の一方的な意思表示によってされる相殺と異なるところがなく許されないとされた事例。
参照法条 労働基準法24条
民事執行法152条1項
体系項目 賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 全額払・相殺
裁判年月日 1990年7月17日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成2年 (レ) 26 
裁判結果 控訴棄却
出典 金融商事872号11頁
審級関係 上告審/05729/東京高/平 2.12.10/平成2年(ツ)48号
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金の支払い原則-全額払〕
 二、そこで、控訴人主張の相殺の効力について判断する。
 労働基準法二四条一項は、労働者の賃金は労働者の生活を支える重要な財源で、日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにするため、一定の場合を除きその全額を労働者に支払わなければならない旨規定したものであって、労働者の賃金債権を受働債権とし、使用者がその労働者に対して有する債権を自働債権として相殺することを許さない趣旨を包含するものである。ところで、本件のように使用者と労働者の双方の合意による相殺予約に基づいてされる相殺も、賃金が現実に労働者に対して支払われないという結果を招来する点において、使用者の一方的な意思表示によってされる相殺と何ら異なるところがないのである。もっとも、相殺予約は、相殺によって不利益を受ける労働者の意思に基づいてされるものであるという点において、使用者の一方的な意思表示によってされる相殺とは異なるが、もし、労働者の同意がありさえすれば前記法条の適用がないとするならば、使用者が、労働者に対する事実上の力関係を背景として、労働者に相殺予約の締結を強要することにより、労働者の保護を図るという前記の法の趣旨を没却する結果となることもあり得る。この点に鑑みるならば、前記法条は、労働者の意思の如何にかかわりなく、賃金が現実に労働者に対して支払われることを確保しようとする趣旨であり、したがって、相殺予約も、これに反するものとして、許されないと解すべきである。
 ところで、控訴人は、この点について種々異論を主張するので、以下これについて判断する。
 1 控訴人の主張1について
 控訴人は、賃金債権を目的として質権を設定することができることを理由として、賃金債権を受働債権とする相殺予約は許されると主張する。しかしながら、たとえ控訴人が主張するように賃金債権を目的として質権を設定することができるとしても、そのことから論理必然的に、賃金債権を受働債権とする相殺予約が許されるとの結論を導くことができるものではない。
 したがって控訴人の右主張は理由がない。
 2 同2について
 控訴人は、民事執行法一五二条が差押えを許容する限度においては、賃金債権を受働債権とする相殺は許されると主張する。しかし同条は、債権執行の手続を履践した債権者の取立範囲につき債務者の生活保護の見地から制約を課するものであって、右規定があるからといって、債権執行の手続を履践していない使用者がその範囲では労働基準法二四条一項の賃金全額払いの原則を破って給料債権を自由に相殺することが許されると解することはできない。したがって、控訴人の右主張は理由がない。
 3 同3について
 控訴人は、現実に第三者が賃金債権に対する差押えをした場合には、当該差押部分を受働債権とする相殺は有効であると主張する。しかしながら、賃金債権を受働債権とする相殺が禁止されていることは前示のとおりであり、それにもかかわらず、第三者が差押えをした途端に相殺が可能になるという根拠は存在せず、この点の控訴人の主張は、独自の見解であって、到底採用することができない。
 4 同4について
 控訴人は、賃金の受給時点において労働者自身が同意する限り有効に相殺をすることができると主張する。しかしながら、控訴人主張の同意は、本件差押え後にされたものであることはその主張自体から明らかであり、そのような同意があったことをもって被控訴人に対抗することはできないというべきであるから、この点の控訴人の主張も理由がない。
 以上のとおり、控訴人の主張はいずれも採用することができない。