全 情 報

ID番号 05526
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 空港グランドサービス事件
争点
事案概要  航空機の機内クリーニング作業に従事していた従業員が、筋々膜性腰痛に罹患したのは使用者に安全配慮義務違反があったからであるとして、会社および親会社である航空会社に対して損害賠償を請求した事例。
参照法条 労働基準法2章
民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1991年3月22日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和50年 (ワ) 3431 
裁判結果 一部認容,一部棄却(控訴〈控訴取下〉)
出典 時報1382号29頁/タイムズ760号173頁/労働判例586号19頁
審級関係
評釈論文 船尾徹、勝山勝弘、海部幸造・労働法律旬報1268号35~50頁1991年7月25日
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 使用者である被告Y1会社は、被用者である原告らに対して、雇用契約に付随する義務として、作業に従事する被用者の健康保持についてはもとより、被用者が、業務によると否とにかかわらず健康を害し、そのため当該業務にそのまま従事するときには、健康を保持する上で問題があり、もしくは健康を悪化させるおそれがあると認められるときは、速やかに被用者を当該業務から離脱させて休養させるか、他の業務に配転させるなど、従業員の健康についての安全を配慮すべき雇用契約上の義務があるというべきである。
 特に、被告Y1会社は、腰痛についての専門的知識を有し、また被告Y1会社の業務内容を熟知している嘱託医により、被用者の就労能力、勤務能力を判断させていたことからすれば、嘱託医による診断の結果が確実に被用者の就労、勤務時間に反映されるよう適切な措置を取るべき義務を負っているというべきである。
 また、使用者である被告Y1会社は、前認定のとおり、昭和三八年に実施された作業員の健康調査の結果、職員の腰痛症が被告Y1会社で行われる作業に起因することを示唆する嘱託医の調査結果が明らかとなり、それ以降も同一内容の調査結果が報告されていたことからすれば、一般的に疲労が腰痛症の一因となりうることに鑑み、少なくとも、作業に起因した疲労による腰部への負担を軽減するため、休憩時間、休憩場所の状況などについて必要かつ適切な措置を講じ、また、作業員が適切な休憩時間を取りうるような作業量にみあった人員を確保するなどの措置を講じるべき義務を負っていたというべきである。
 〔中略〕
 以上のとおり、嘱託医の指示した作業内容に見合う作業内容が存在しない場合に、嘱託医に問い合わせるなどしてその指示する作業内容に見合う作業を特定すべきであった点、就労能力の制限を受けている被用者が通常の機内クリーニング作業に従事しているのを漫然と放置した点及び嘱託医の勤務時間変更あるいは就労能力低下の指示に直ちに従うべきであった点において、被告Y1会社は、嘱託医による診断結果が確実に被用者の就労、勤務形態及び勤務時間に反映されるよう適切な措置を取るべき義務があるのにこれを怠ったということができるのであって、被用者に対する安全配慮義務の履行に違反があったということは否定できないというべきである。
 〔中略〕
 以上認定の事実ないし事情を総合して検討すると、被告Y1会社は、被告Y2会社のいわゆる子会社であって、両社には前記4及び5のとおり物的、人的その他の関係があり、また注文者である被告Y2会社は、本件地上業務委託契約の請負人である被告Y1会社に対し、前記2及び3のとおり被告Y1会社の作業工程を把握し、その作業内容、作業時間、作業場所について指示ないしは介入し、また作業時間を規制し、作業場所の管理を行っているのであって、右認定の限度において、被告Y1会社の行っている地上業務を指揮監督し、あるいはこれを管理支配していると評価することができる。
 〔中略〕
 また、前記2(二)(1)認定のとおり、被告Y1会社職員に対し、被告Y2会社の職員が直接に作業割愛その他の指示を出していたことなどが認められるけれども、右の指示等は、被告Y1会社及びその職員が行う地上業務が被告Y2会社の航空機運行業務と密接不可分の関係にあることに基づき、注文者である被告Y2会社が被告Y1会社に対して本件地上業務委託契約の履行を求めているものと評価でき、しかも原告ら被告Y1会社の被用者が、被告Y2会社の職員のその程度の指示に従うことは、被告Y1会社との雇用契約上の義務を履行する前提となっていると解されるから、被告Y2会社の職員が行う右の指示等は、被告Y1会社の指揮監督に優先して、あるいはこれと並行してなされるものということはできず、むしろ被告Y1会社の被用者に対する指揮監督の内容をなすものであり、被告Y1会社に代行してこれを行っていたと評価すべきである。したがって、被告Y2会社の職員が被告Y1会社職員に対し前記のとおり直接に指示等をすることがあるという事実によっても、以上の結論に変わりがないことになる。
 そこで、以上の判断を前提に、前記1に記載した被告Y2会社原告らに対する安全配慮義務が認められる基準を本件に適用すると、被告Y1会社は、その業務について前認定のとおり、かつその限度において被告Y2会社の指揮監督を受け、原告ら被告Y1会社の被用者の作業は、被告Y1会社の事業の執行についてなされていたことが認められるけれども、前記認定の事実ないし事情によっては、被告Y1会社の被用者に、被告Y2会社の指揮監督、管理支配が及んでいたということはできず、本件において、他にこれを認め、あるいは推認させるに足る証拠も存しない。したがって、前記1の観点に照らし、また被告Y1会社が被告Y2会社その他の対外的関係においても、被告Y1会社の被用者に対する雇用契約ないしはこれに付随する義務の履行という関係においても、独立した主体として十分対応できるに足る人的、物的な組識及び機能を有しており、現にそのように対応してきたこと(この事実は、弁論の全趣旨によりこれを認める。)をあわせ考慮すると、被告Y2会社と原告ら被告Y1会社の被用者との間において、実質的に雇用関係が存在するのと同視できる管理支配、使用従属の労働関係が成立しているとすることはできないというべきであり、これを前提とする原告らの被告Y2会社に対する責任を追求する主張は、失当というほかない。
 〔中略〕
 弁護士費用
 金銭債務の不履行を理由とする損害賠償請求事件訴訟を提起するために要した弁護士費用は、一般的には、右債務の不履行による損害に含まれると解することはできないが、少なくとも当該債務が債権者の生命又は身体を保護することを目的とするものであるときには、右債務の不履行に基づく損害賠償請求については、不法行為に基づく損害賠償請求と同様に扱うのが相当である。したがって、使用者が労働契約に付随して信義則上労働者に対して負う安全配慮義務に違反して損害を加えた場合において、その被用者が自己の権利擁護のために訴えの提起を余儀なくされ、訴訟遂行を弁護士に委任したときには、その弁護士費用は、事案の難易、容認された額など諸般の事情を考慮して相当と認められる範囲内において、右債務不履行と相当因果関係にある損害と解するのが相当である。そして、原告ら本件代理人に本訴の追行を委任し、かつ報酬の支払いを約束したことは弁論の全趣旨より明らかであるところ、本件の事案の性質、認容額等に鑑みると、原告らが被告Y1会社に対して賠償を求めることができる弁護士費用の額は、原告野口らにつきそれぞれ三〇万円と認めるのが相当である。